第6話
「すまねえな。なかなか見つけることができなくて。正直、ここまで手がかりがつかめねえとは思わなかった」
リコルノの店に来るなり、竜之進は頭を下げた。それは、彼の素直な気持ちだった。
「あれから伯爵様は、何か言ってきたかい」
「毎日のように、本物を出せと催促しております。駄目であれば、市長に訴えると」
リコルノは穏やかに応じたが、目の下に浮かぶ疲労は隠しきれなかった。
「で、おめえさんはなんて」
「あれは本物なので、調べ直していただきたいと申しています」
「それでいい。偽物だと認めたら、終いだからな」
「私は一度、あの職人が作った別の腕輪を見たことがあります。その形、美しさは今でもおぼえています。ですから、あれが偽物だと言われても、納得できません。本物も信じたから、私も買ったのです」
「どうも妙だな」
竜之進は腕を組んだ
「おめえさんはヒラニセから本物だと思って、腕輪を買った。ヒラニセも間違いなく件の職人の品だと言った。で、それをまったくいじることなく、伯爵家に売った。そういうことだよな」
「はい」
「ヒラニセは問屋で、おめえさんは小売なんだから、別段、商売の道義に反しているとも思えねえ。ただあいつは、直に伯爵家に持ち込むこともできたのに、なぜかしなかった。そのあたりが見えてこねえ。別段、お前さんに売る必要はなかったはずだ」
「あっさり譲ってくださったので、正直、驚きました」
「その後も引っかかる。偽物騒ぎになれば、売主であるヒラニセにも累が及ぶ。あくまで仕入れたものを売ったと言い張れば、最初からヒラニセが偽物を売ったとも思われかねねえ。お裁きの場では不利になるのに、なぜ、こんな話になったのか」
竜之進はリコルノを見やった。
「おめえさんを悪役にして、偽の腕輪を売買していると思わせたいようだが、それでいったい何の得がある? あの代官はともかく、ヒラニセにな」
「わかりません」
「おめえさん、あの問屋との間に面倒はないかい?」
「ありません。本当によくしてもらいました。ただ、ここ二、三ヶ月は厳しい扱いをされているように思われます。以前のように品物を卸してくれることもなくなり、職人に紹介してくれることもなくなりました」
竜之進は目を細めた。
「心あたりは?」
「ありません。例の腕輪を買ったのは、その前のことですし」
「商いで、争ったことは?」
「それもまったく。第一、ヒラニセさんと私では、店の大きさが違います。その気になれば、あっという間に消し飛ばされてしまいますよ。争う理由なんてありません」
「確かにな」
だが、今回の事件にヒラニセが深くかかわっている以上、どこかで何かがからんでいるはずだ。そこがわからないと、先には進めない。
「もうちょっと調べてみる。きついだろうが、もう少しがんばってくれ」
「ありがとうございます」
そこでリコルノは容色を改めた。しばらくためらってから口を開く。
「あの、一つ、聞きたいことがあるのですが、よろしいですか」
「いいぜ。言ってみな」
「どうして、ここまでしてくれるのですか。エレーネ様より話があったとはいえ、私どもと水野様には何のかかわりもありませぬ。縁者というわけではありませぬし、商売上のつながりもありませぬ。なのに、どうして、ここまで深くかかわってくださるのですか」
「まあ、俺はこの町の同心だからな」
「それにしても、水野様は熱心にこの件に打ちこんでいるように思われます。お金で雇ったわけでもないのに、なぜ、そこまでと思わずにはいられません」
さすがに、一国一城の主だ。よく物事を見ている。
「その、なんだな。いろいろと気にしてくれるのは、ありがてえが、俺は俺のやりたいようにやっているだけなんだよ」
竜之進は、声の調子を落として話しはじめた。ごまかすことはたやすいが、それでは彼の誠意には答えられまい。
「俺は、この世界に来る前も、見廻り、こっちの言葉では警邏っていうのか、そういうことをやっていたんだよ。悪人を見つけて、捕まえて、懲らしめる。そういうのな。口はばったいが、俺はそういう役目に向いていてな。結構、上手にやっていたんだよ。こっちでいう市長からもお褒めの言葉を受けたこともある。ただ、それがうまくなかった」
「……」
「ある時、知り合いに会った。若い頃からの付き合いでな。デキのいい奴じゃなかったが、付きあっていて、そこそこおもしろい奴だった。ただ、久しぶりに会って話をした時、どうにもおかしな感じがした。ある事件のことをやたら詳しく知っていて、さんざん自慢めいた話をするわけよ。疑わしいと思ったが、調子に乗っていた俺は、奴を捨て置いた」
竜之進は、大きく息を吐いた。目の前に、あの日の情景が思い浮かぶ。
「そうしたら、三日後に死体が見つかった。押込みで、家族三人が犠牲になった。娘と母親はさんざんにいたぶられていた」
リコルノの顔が大きく歪んだ。彼にも娘がいる。その絶望は我がことのようにわかるだろう。
「屋敷に残された煙草入れから、下手人はその知り合いであるとわかった。すぐ住み処に向かったが、捕まえることはできなかった。逃げようとして、川に落ちて死んだからな」
竜之進は、胸を押さえた。思い出すのは、やはり苦しい。
「悔いが残る。最初に会った時にひっくくっていれば、少なくとも三人の命は救えた。それ以来、俺は気になることはとことん追いかけると決めた。繰り返しは御免だからな」
「そんなことが……」
「わかってくれたいかい」
「はい。おかげさまで」
リコルノは、竜之進を見ていた。表情は晴れ晴れとしている。
「そういうことでしたら、とことんまでやってください。手前どももできるだけのことはいたしましょう」
「そうしてくれるとありがてえ」
心意気がわかってもらえるのは、うれしい。思い切ってやるべき事ができる。迷いはもうなかった。
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