第4話

 三日後、彼は南地区の貴族街にあるラセニケ伯爵の屋敷を訪ねた。事の次第を尋ねるためだ。


 伯爵の領地は南部のタツズーンという川の近くにあり、亜人の国であるシハゲリケと国境くにざかいを接している。情勢は不穏で、何年か前には戦争もあったらしい。

 そのため、伯爵本人は領地を離れることができず、ヴァルドタントの屋敷に代官を置いて、市長や国王と連絡を取り合っているようだ。


 このあたりは、竜之進にとってもなじみが深い。


 大名は参勤交代で、江戸と領地の間を行ったり来たりする。当主が本国に戻っている間は、江戸家老が全般を取り仕切り、幕府との折衝にあたる。


 似たような話だとすれば、代官にあって話をするのが一番早い。


 竜之進が屋敷を訪れると、三十畳はあろうかという大広間に通された。そこで膝をついて、代官が来るのを待てと言う。

 実に素晴らしい扱いで、どういった人柄が察しがついてしまう。

 あえて文句は言わず、竜之進は片膝をついて待っていた。


 四半刻(約三十分)後、雲の陰に隠れていた日射しが姿を見せ、薄いカーテン越しに秋の日差しが降りそそいだところで、人の気配がした。


おもてをあげよ」


 竜之進がわずかに視線をあげると、青の衣をまとった男が立っていた。


 かなり太っており、腹の肉が浮かんで見える。顔も丸く、それがきれいに整えられた口髭とかみあっていない。服は絹であり、仕立てに工夫を凝らしていることはよくわかるのだが、肉のつきすぎた体型がすべてを台無しにしている。


「おぬしが水野竜之進か」

「さようで」

「儂がラセニケ伯爵の代官、ザビレオールである。伯爵様の第一の家臣にて、市長や王都とのやりとりはすべて任されておる。さよう心得てもらいたい」


 竜之進は頭を下げた。

「して、おぬしが来たのは、リコルノの件とか」

「はい。お買い上げになった品が偽物とのことで。その件で、ぜひとも伯爵様に話をうかがいたいと思い、参上いたしました」

「伯爵様に、この話は伝えておらぬ。穢らわしい故にな。偽物を売りつけるなどとは、無礼にもほどがあろう」

「偽物? 何を根拠にそのようなことを」

「見ればわかる」

「では、見破ったのはザビレオール殿で?」

「少し違うな。品物を買った後で、どうにも気になることがあったので、馴染みの商人に見てもらった。さすれば、これは真っ赤な偽物というではないか。披露前でよかった。我が家は大恥をかくところであった」

「これでございますな」


 竜之進は懐から箱を取りだすと、ザビレオールはかたわらの家臣にうなずいた。


 家臣は竜之進に歩み寄り、ひったくるようにして箱を奪うと、ザビレオールに渡した。

 箱を開けると、銀の腕輪が現れる。


「おう、これよ。ひどいものだ」

「ですが、本当に偽物なのですか」


 竜之進は顔をあげた。


「話を聞くかぎりでは、真贋を見抜いたのは馴染みの商人とのこと。職人本人に話を聞いたわけではありますまい。鑑定士に見せたという話も聞きませんでした。それで物の判断をするのは危ういのではありませぬか」


「おぬし、儂らの目を信じぬと申すのか」


 剣呑な声がする。少し挑発した程度で、これとは。

 お里が知れる。深川の渡世人とたいして変わりがない。


「そうは申しておりませぬ。真偽を確かめるのが大事と申しているのです」


 竜之進は口調を変えなかった。


「事の次第を詳しく話してくれませぬか」

「その必要はない。迷惑をかけるわけにはいかぬ」

「ならば、誰が偽物と断じたのか、教えていただきたい。会って直に聞かせてもらいたい」

「断る。もう終わったことだ」

「そうはいきませぬ。ここで引いては半端なままで終わってしまいます」


 ザビレオールの話だけで、真贋が決めるわけにはいかない。もし間違っていたら、リコルノは無実の罪で罰せられることになる。それはヴァルドタントにとってよいことではない。


「無礼な」


 ザビレオールの目が吊りあがった。


「陛下から臨時警邏の職に任じられているのをよいことに、好き勝手を言いおって。身分をわきまえよ」

「……」

「これ以上、おぬしと話すことはない。あの腕輪は偽物。本物を差し出せば、それでよし。あくまでもしらを切り通すつもりならば、伯爵家の名で訴え、アンビサ屋は廃業、リコルノとその一党はヴァルドタントから追放となる。よいな」


 話を終えると、ザビレオールはさっさと背を向け、大広間を去った。

 残された竜之進は、その場で膝をついていることしかできなかった。



 追い出されるようにして竜之進が屋敷を後にすると、オックが門の影から出てきた。


「駄目だった? 親分」

「親分じゃねえって言っているだろ。まあ、うまくいかなかったな」

「ふーん」

「いいさ。しらを切ることは、わかっていた。つつけば、何か出てくるかと思ったが、今日のところはうまくいかなかった。さて、次は……」

「親分」


 急にオックの耳がピンと立った。


 竜之進が気配を探ると、後方からすさまじい殺気を感じた。

 代官屋敷を出た直後にこれとは。思いのほか、動きが早い。


「無駄ではなかったか。ありがてえ」

「どうするの?」

「今はこれでいい。しばらくは様子を見るさ」


 まずは相手の出方を見る。好きにやらせれば、何かが出てくる。


 鬼が出ても蛇が出ても、何もわからないよりはましだ。


 竜之進は口元に笑みを浮かべながら、次の行き先について思いをめぐらせた。

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