第3話
翌日、竜之進は、オックを伴って南地区の商店街に向かった。
目的地に着いたのは正午近くで、亜麻色の髪をした男が彼を出迎えた。
「わざわざ、このようなところまで。お疲れさまです」
年の頃は40才ぐらいであろうか。白の胴着に茶色の袖無しの上着、同じ色の洋袴だ。
髭はきちんと剃り、身だしなみも整えているせいか、見ていて清々しさがある。客を相手にする店主ならではといったところか。
「申し遅れました。手前は、雑貨屋アンビサの店主、リコルノと申します」
「水野竜之進だ。いい店だな」
「ありがとうございます。五年前に独立した時に手に入れました」
リコルノは店を見回す。その顔には誇りが感じられる。
アンビサは五坪ほどの狭い店で、店内には木の机がいくつが置かれていた。そこにに腕輪や首飾り、化粧の道具がきれいに並んでいる。女性向けが目立つが、男性向けの品物も見受けられる。
「小間物屋か。ここにある品がすべてではないのだろう」
「もちろんです。奥に蔵がございまして、そちらに品物を保管してあります。持ってきますか」
「いや、いい。それより話を聞かせてくれ。何やら言いがかりをつけられているとか」
「は、はい。それでは」
リコルノは、竜之進を奥の小部屋に案内した。椅子を勧め、竜之進が座るのを確認すると、自分は奥の戸棚から木の箱を取りだした。
「言いがかりと申しますか。思いも寄らぬ話を突然されて、困っているというのが本当のところでございます」
リコルノが箱を開けると、銀の腕輪が現れた。
「事の起こりは、この腕輪でして。とある名工が作った逸品で、三ヶ月ほど前に私どもが仕入れました」
「ほう、これは見事な」
細い銀の輪が幾重にも組み合わされており、一つの輪を動かすと、他の輪が微妙にずれて、全体の形が変わる。少し触れただけで、球に近い形になったり、楕円になったりするが、その美しさだけは変わらない。
中央にはめ込まれているのは赤い石で、これも触れると、微妙に色が変化して、印象を大きく変える。
大人がはめても若い娘が身につけても似合うだろう。素晴らしい。
「特別な銀を使っての腕輪です。10年に一度の名品です」
「これは、すごい。欲しがる者はいくらでもいるだろう」
「はい。噂を聞きつけて、あちこちから声をかけていただきました。王都から使いも来たほどで、ありがたいかぎりです」
「それで、誰に売ったんだ?」
「ラセニケ伯爵のご子息です」
「ラセニケ家っていうと、あの南方を守る?」
「はい。伯爵様には、私が前から世話になっており、最高の品が入ったら、ぜひお譲りしたいと考えていました。その時が来て、勇んで手前どもは腕輪をお売りいたしました」
「だが、それがここに返ってきているということは」
「はい。つっかえされたのです。偽物だと言われまして」
「これがかい」
竜之進は腕輪を手に取って、じっくり見つめた。
銀の輝きは最初、見た時と変わっていない。見ていると、そのきらめきに吸い込まれそうになる。本当に美しい。
「とても、そうは見えねえな」
「はい。この品は信用のおける方から購入しており、まがい物などということはありえません。石も間違いなく本物です」
「向こうは何と言っているんだ?」
「少なくとも、それはあの職人が作ったものではないと。誰かほかの者が作った偽物で、それを高い値で売りつけたと。そんなことはないのに」
リコルノは顔を手で押さえた。しばらく無言である。
残念ながら、物の真贋はわからない。ぱっと目には美しくとも、実は偽物であるというのはよくある。
日本橋平松町で偽物の掛軸が売買された時には、好事家ですら真偽を見抜くことができなかった。あまりにもできがよく、これが偽物だとすれば、本人が書いた作品ですら偽物になると言い切ったほどだ。
ぶっちゃけ物の価値など本人が勝手に決めればいいと思っているが、面子がかかわっていると単純に割り切ることもできまい。
「で、先方は激怒していると」
「さようで。出入り禁止はもちろん、市に訴えて、ヴァルドタントで商いができないようにしてやると申しています。いったい、どうすればいいのか」
「なるほど、それで、その誤解を解いて欲しいと」
「はい。このままでは、我らはこの町にいられませぬ」
そういうことなら断るわけにもいくまい。人のよさそうな主人が困るのもつらい。
「わかった。とにかく。やってみよう。悪いが、その間、この腕輪は預かるぜ」
「は、はい」
「大丈夫だよ。売っぱらりしねえから安心しな」
竜之進は、腕輪の箱を懐にしまつった。もう少し話を聞こうと思い、口を開いたところで、扉の向こうから女の声がした。
「御父様。トズン商会の方がお見えです」
「ああ、そんな頃合いか。少し待っていただいて」
「いいって。こっちは時間があるんだ。先に片づけちまいな」
リコルノは迷っていたようだが、竜之進がさらにうながすと、一礼して扉を開けた。
「どこにいらっしゃる?」
「店先です」
やわらかい声で応じたのは、美しい娘だった。
年の頃は一五、六といったところか。丸く青い瞳が目を惹く。髪は金髪で、腰のあたりまで伸びている。首の辺りで一度、結んであり、話をするたびにわずかに揺れる。上着は桃色、
「娘か」
「はい。さあ、挨拶を」
「ミルケと申します。今後ともよろしくお願いします」
頭を下げるふるまいも可愛らしい。若い男なら、一発で夢中になるだろう。
新進気鋭の店主を父親に持ち、あれほどの器量であるのだから、嫁に欲しいというものはいくらでもいようが。
この父親が手放すだろうか。
竜之進が横目で見ると、リコルノは露骨に目尻を下げていた。溺愛ぶりが手に取るようにわかる。
表情から察するに、嫁入りの話がくれば、文句をつけて全力でつぶすに違いない。
音羽町の油問屋、仁左衛門も娘の嫁入りに最後まで反対して、危うく女房から離縁されそうになった。父親というのは、どこも同じらしい。
二人は何事か話していたが、竜之進に挨拶すると、店に出て行った。
取り残されたところで、竜之進はゆっくり白湯をすする。
さて、どうしたものか。
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