第55話 いい人止まり、選ぶ②


「お主、なにを言うて……」

「オレの記憶がお前を楽しませたなら、お前はそれなりの対価を払わないといけないはずだ」


 オレは断定口調で言う。

 本当は、女王にまでこのルールが有効なのかは、定かではなかった。

 一笑に付される可能性も大いにある。


 実際、ニァブは鼻で笑って言い返してきた。


「ふ、ふはは。それは、お主がわらわを起こした償いじゃと先ほど言うただろう」

「オレが受けたのは、手を離すなという勝負だけだ。お前がオレの記憶を勝手に見て楽しんだことには、対価を求める。こっちの要求は、燐の解放だ」


 いい人止まりの、一世一代のハッタリ。

 効くか。

 効かないか。

 内心で固唾を飲みながら、女王の返事を待つ。

 すると、


「なるほどの……」


 女王は顎に手をやって呟いた。


「確かに、良いことには良いことで返さねばならぬ……これは全ての妖精が守るべき鉄の掟じゃ……」

「なら……!」

「しかし、燐をやるには、ちと軽すぎるのぉ……」


 意外なほど真剣に、女王は考え始める。

 次に彼女が口にしたのは、思いがけない言葉だった。


「ならば、特別にわらわの出す謎に答えたら求める通りにしてやろうかの」

「謎?」

「クイズじゃ。お主らが言うところの」


 予想していなかった甘い条件に、オレは一も二もなく食いついてしまった。


「本当か⁉︎」

「掟は言わば契約じゃ。嘘はつけぬ。それに、このまま燐をこの国に留め置いても、お主への感情を剥がすのは心底面倒そうじゃしの……」

「なら、その謎とかいうのに答えたら……」

「燐にかけた魔法を解いた上で、人間界に返そう」


 オレと燐は同時に顔を見合わせた。

 瞳に喜びが走っている。


 ついに、女王から求めていた言葉を引き出すことができた……!


「そうじゃな……二択の謎を三問出そうか。すべてに正解できたら、お主らの望む通りにしよう。では、一問目」


 とんとん拍子に話を進める女王に、オレらは慌てて気を張る。


 今までの所業からして、甘いものではないはずだ。

 果たして、どんな問いを出されるのか……

 無理難題であったら、どう切り抜けるべきか……


「人と蟻、足が多いのはどっちじゃ?」


 全身に力が入っていたオレは、思わず脳内でずっこけてしまった。

 耳を疑う。


 足が多いのはどっちか、だって?

 理科のテストか……?


「……相談してもいいのか?」

「相談するようなことかの。まぁ、いくらでも気が済むまでするが良い」


 そう言うと、女王はピルィーを呼び寄せて遊び始めた。

 まるで、オレたちに飽きたかのように。

 ひっかけの可能性を捨てきれないオレたちは、時間を使って相談をする。

 しかし、引っかけられるほどの隙間さえ、この問題にはないように思えた。


「……答えは、蟻」

「正解じゃ。こんな簡単な問題に随分かかったのぉ」


 女王は愉快そうに笑う。

 その様子は、純粋に出題という行為を楽しんでいるようだった。

 まさか、本当に興味を無くしたのか……?

 

 妖精は気まぐれ。

 ピルィーは、地上でそう言っていた。

 その習性がいいほうに巡っているのでは……

 

「次の問題じゃ。白と黒、明るいのどっちじゃ?」

「……白」

「正解」


 やはり、簡単だった。

 恐らく、面倒になってきたのだ。

 燐と繋いだ手に力が籠る。


 あと一問。

 それさえ答えれば、燐は解放される……


「では、最後の問題じゃ」


 女王は目の前の小妖精と戯れながら、口を開く。


「田村燐と白鹿灯里、お主のことを忘れるのは、どっちじゃ?」

「は……?」


 飛び交うピルィーから目を離した妖精女王は、悪魔のような笑みを浮かべていた。



――――――――――――――――――


次回、いい人止まり、最後の選択をします。

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