第61話 いい人止まり、見つける


 入学式とは、在校生にとってはただただ退屈な式典だ。

 そして、その後のホームルームも三年生にもなれば事務的なもので、去年より教室が一階分上がった以外に新鮮さはない。

 

 意識を遠くへ飛ばしているうちに、気がついたら今日の全課程は終了していた。


 新しくなった担任教師が解散を告げる。

 直後――


「同じクラスだね」


 灯里が隣の席から嬉しそうに笑いかけてきたので、オレは呆れてしまった。


「お前、今日それ何回言うんだよ……」

「え、そんなに言ってる?」

「これで十回目くらいだぞ」

「あ、そう……」


 灯里は少し照れたように頬を押さえる。


「だって、高三でついに同じクラスなんて、嬉しいじゃん? 修学旅行とか、体育大会とか、イベント沢山あるし。その……純は一緒のクラスで嬉しくない感じ……?」

「……んなこたねぇけど」

「僕が別なのは納得できないよねぇ!」


 振り向くと、ふてくされた瑛一が、オレたちのもとまでやってきていた。

 話の通り、瑛一だけ二組で、オレらは五組だ。

 かわいそうに。


「クラスなんか違っても大したことないってー」

「さっきと言ってることが矛盾してるからね、灯里」


 瑛一は鋭く批判する。


「つっても、結局休み時間のたびに顔合わせるんだから、いいだろ」

「でもさぁー、高三は学生生活最後なんだよ? イベントも沢山あるんだよ? 修学旅行とか、体育大会とか」

「灯里とおんなじこと言ってやがる」

「僕も同じクラスがよかったなぁ……」


 ぶー垂れている瑛一。

 すると、灯里が励ますように言った。


「なら、放課後遊べばいいじゃん。ていうか、今日は? 私、今日暇なんだけど」

「僕も暇ー!」


 先ほどの曇り顔はどこへやら、瑛一は跳ね上がるように手をあげる。


「お昼どこ行く? 僕なんかジャンクな気分」

「いいね。純も来るよね?」


 灯里に問いかけられ、


「いや、オレは今日はパス」


 二人の意味深な視線が、オレに集まった。


「……んだよ」

「また公園……?」


 代表して、灯里が尋ねる。


「……おぅ」


 オレが答えると、二人は額を合わせてコソコソと談義し始めた。


「そろそろ精神科に連れてったほうが……」

「いや、次こそ脳ドッグだよ……」

「それとも神社でお祓い……」

「いるいるー、本人ここにいるぞー?」


 神隠しの一件からというもの、オレの扱いはこんな感じだった。

 心配してくれるのはありがたいが、ちょっと奇行をするだけですぐ病院沙汰にされるのは、いただけない。


「公園でなにやってるの?」


 またも灯里が聞く。

 瑛一も隣で頷く。


「なにも? 知ってるだろ、ボーっとしてるだけだって」

「知ってるけど……それが怖いのよ。せめてなにかしててほしい」

「んだそりゃ……」


 オレは眉をひそめるも、瑛一は灯里の隣で再び頷く。いつも二対一だ。

 オレ、そんなに変なことしているだろうか……?


「とにかくさ。なにもしてないなら、こっち来てもいいでしょ」

「んー……」


 そういうわけでもなく……オレは答えに窮してしまう。


 確かに最初こそ、燐がいつか現れるかも、なんて期待をしていたが。

 今となっては、ただあの思い出の公園にいることが、オレの心の安定剤になっていた。


 たとえ、燐と二度と会えなくても。

 たとえ、誰にもあの出来事を共有できなくても。


 オレ一人が思い出に浸れれば、それで充分じゃないか……


「なんで笑ってるの……」


 隣で、灯里がゾッとした表情を浮かべていた。


 もっと脅かしてやろうと、腹のなかで奇声を用意したそのとき。

 灯里の先に見える廊下が、騒がしいことに気づいた。


 満ちていくようなざわめきが、開いた扉から教室にも流れ込んでくる。


「……なんかざわついてんな」

「ね。なんの騒ぎだろ。僕ちょっと聞いてくるよ」


 瑛一は、言うなり廊下まで出ていって、通りかかった生徒に話しかける。

 多分、初対面の相手だろうが、気さくに会話している。すると、他の生徒も集まってきて、ワイワイと集団で情報交換し始めた。


 さすが陽キャ。フレンドリーレベルがカンストしている。


 見知らぬ生徒に別れを告げた瑛一は、オレたちの元へ戻ってきながら報告した。


「なんか、校門の前に人がいるらしいよ」

「……そりゃいるだろ」

「いや、そうじゃなくて」


 瑛一は手を振って言う。


「なんかね、すっごい美人な外国人なんだって。それでみんな騒いでるみたい」


 ――オレは耳を疑った。


「本当かッ⁉︎」

「え、なに……? 純ってそんなに外人好きだっけ……」

「違ぇよ、ていうか、髪は⁉︎ 髪の色」

「えっと、なんかシルバーブロンドって感じだって。銀色っぽくてすごい綺麗って」

「銀……」


 オレは、知らずのうちに、立ち上がっていた。

 まさか、まさか……そんなことあるはずが……

 心臓が痛いくらいに跳ねている。


「どうしたの、純……急に立って……」


 怪訝そうな灯里を無視して、オレは尋ねる。


「言葉は……日本語は喋ってたか……」


「あ、うん。なんか日本語ペラペラで、人待ちしてるんだってさ。だから絶対彼氏だろって――え、純⁉︎ どこ行くの⁉︎」


 オレは瑛一の言葉を最後まで聞かず、教室を飛び出していた。


 生徒たちで溢れかえる廊下を、オレはできる限りの速さですり抜ける。

 その間にも、頭は高速で回転した。


 いるはずがない……

 

 オレは、心に生まれた期待を否定する。

 

 燐にはオレの記憶がないんだ。

 公園に来るならまだしも、オレの高校なんて来れるはずがない。


 だから、あり得ないんだ……いるのは、ただの別人だ……


 そう思っているのに、オレの足を止まらない。

 門の前には、遠巻きに野次馬をする人間たちが、男女共にたむろしていた。


「道開けて! 通して!」


 群衆に向かって叫ぶと、好奇の視線とともに、人垣が左右に割れる。

 オレは、緊張で吐きそうになりながら、開いた道を全速力で駆け抜ける。

 そして、勢いのままに正門を飛び出した。


 ――視線の先。

 文化祭で見つけたのと同じ場所。


 そこには、一人の清楚な女の子がいた。


 あのときと同じように、秋らしい茶色のワンピースを着て。


 あのときと同じように、たったひとりで佇んでいる。

 

 燐が――そこにいた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る