第60話 いい人止まり、地雷系ツインテール女子を止める
「私、飛び降りるから……!」
ひとりの女子高生が、屋上の柵の外側で叫んでいた。
休暇のあいだにさらに伸びたツインテールが、桜の風に揺れている。
もう何度、この光景を目にしただろう……
「今日こそ、本気だから! 本当に死んでやるから!」
「やめろ!」
このセリフも、何度繰り返しただろう。
彼女――橋丘らいむが何回飛び降り自殺にトライしたのかわからない。
が、その執念には、皆密かに畏敬の念を抱き始めていた。
いくら鍵をかけられようが、木の板を打ち付けて封鎖されようが、彼女はそれらすべての障害を乗り越え、飛び降りを企てる。
今日は、一階から窓や雨樋をよじ登って屋上へ辿り着いたらしい。
……もう、スパイダーマンじゃん。
誰も止めらんねぇよ。
とはいえ、いつもは惰性で声をかけている先生たちも、この日ばかりは爆発物処理班みたいな厳しい面構えをしていた。
なぜかと言えば、今日が入学式だからだ。
(今日飛ばなくてもよくない……?)
先生たちの心の声が痛いほど伝わってくる。
「早まらないで、橋丘さん!」
「イヤッ! 早まる!」
「橋丘ァ! 若い命を無駄にするな!」
「イヤッ! 無駄にする!」
「帰ってきてくれ……今日飛ばれたらニュースになっちゃうよ……」
「そしたらダイチくんが見てくれる!」
ご愁傷様である。
そんな疲弊した先生たちと共に、オレは真剣に呼びかける。
「らいむ! 戻ってこい! キミの死ぬとこなんか、誰も見たくない!」
何度立ち会わされようが、放ってはおけない……
いい人魂は、やはり理屈じゃなかった。
「イヤッ! 戻らない!」
「先生たちも困ってる! 早く帰ってくるんだ!」
「イヤッ! 帰らない!」
「なら帰らなくていいんじゃない?」
「イヤッ! 帰る!……あれ?」
狼狽えるらいむ。
オレも驚いて振り向くと、背後に灯里が立っていた。
腰に手をやって、呆れ顔だ。
「毎度毎度飽きもせずに……アナタたちのそれって、そういう愛情表現なの?」
「違う!」
「実は、のろけを見せられてたりして」
「茶化すな! この緊迫した場面に!」
灯里はため息をつくと、まるで屋上からの桜景色を見物しにいくかのように悠々と柵に近づいて、らいむに話しかけた。
「で? 今日は誰のなにが原因?」
「……ダイチくんの握手会に行けなかったから死ぬの」
灯里が振り向き、肩をすくめる。
いつもの流れだ。
灯里が尋ねると、らいむは理由を話すのだった。
謎の信頼関係である。
先生などは、灯里が現れるともう解散を始める始末だった。
ちなみに、去年らいむがご執心だった『リョウマくん』は、週刊誌に既婚であることがスッパ抜かれたため、彼女の推しから外れた。
あのときはホントに大騒動だった……
思い出すのも嫌だ……
「そろそろ帰ってきな。話なら聞いてあげるから、アレが」
灯里が背後のオレを親指で示す。
すると、らいむは呆気なく頷いて、柵を登り始めた。
二年間の反復練習の賜物か、安定感のある、見事な登りだった。
しかし、相変わらず、着地時にスカートは捲れていた。
今日はピンク。季節と合っている。
そんな一騒動が終わった後は、決まってオレがらいむの恨みつらみを受け止める羽目になる。
それが一昨年から変わることのないオレの日常。
秋に変わりかけて、結局戻ってきた、他愛ない日々だった。
――――――――――――――――――
次回、いい人止まり、耳を疑います。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます