終章 北欧系銀髪美少女よ、頼むから

第58話 いい人止まり、目を覚ます


 ジリリリリリ――ッ!


 電子音が、鳴っていた。

 聞きなれた、スマホの目覚まし音だ。

 

 オレは眉を顰める。

 うるさ……まだ寝足りないんだけど……


 ジリリリリリ――ッ!


 やめてくれ……オレなんかめちゃくちゃ疲れてんだって……頭は重いし……足は痛いし……


 ジリリリリリ――ッ!


 お願いですから……もう鳴らないでください……お願いします……


 ジリリリリリ――ッ!


「……うぅぅぅるせぇぇえっ‼」


 オレはブチギレながら飛び起きると、そこは自室のベッドではなく、雑草の生えた地面の上だった。


 寝ぼけた頭が、古いパソコンのようにゆっくり起動する。

 疲れ眼で辺りを見回すと、そこは幾度となく通った異様に市民の来ない公園――憩いの丘市民公園の景色だった。


 頭上には、おだやかな青空が広がっている。

 原っぱに描かれた白い輪っかの真ん中で、オレはあぐらを組んで考える。


「ん……? なんで外で寝てんだ、オレ?」


 首を傾げたその瞬間、すべての記憶が怒涛のごとく戻ってきて、オレは飛び跳ねた。


 妖精の国へ行ったこと。

 女王と交渉したこと。

 燐の魔法を解いたこと――燐の記憶を犠牲にして。


 いっぺんに返ってきた記憶で、オレの現在地点がようやくわかる。

 覚えてる。

 生きてる。


「全部、終わったのか……」


 ポケットの中では、スマホが延々と鳴り続けていた。


 音が形になっているかのような大音響に顔を顰めながら手に取ると、ロック画面には、これまた圧の強い命令文が目に飛び込んでくる。


『忘れるな!』


 あまりの皮肉さに、オレはつい苦笑してしまった。

 忘れてねぇよ……なぜか、オレだけな……


 ため息をつきながら、アラームを止める。燐との写真が待ち受けに現れる。

 そこで、ある一つの異常に気づいた。


 スマホが示している日付が、記憶と違うのだ。


 この公園で妖精と出会ったのは、文化祭から一週間。まだ十一月だった。

 しかし、カレンダーは十二月に入っている。


 意識のないうちに、一ヶ月が経っていた。




   ◇




 オレが寮に帰ると、それはもう大騒動だった。


 まぁ、当たり前だ。

 一ヶ月も無断でいなくなり、連絡もつかない。部屋には偏執的なメッセージが壁全面を覆い尽くしている。

 ホラー映画だったら間違いなく死んでいる。

 

 当然、捜索願も出されており、のこのこと帰寮してきたオレに、両親、教師、警察は「今までどこにいたのか」と何度も聞いた。

 しかし、オレも説明ができないので、記憶がないという一点張りで通すしかない。大人は勿論、信じない。

 我慢できなくなったオレは、つい瑛一には「妖精の国に行ってた」とおふざけ気味に話したら、そのまま脳外科へ連れて行かれて、MRIで脳を輪切りにされた。


 親友にも話すべきではなかったらしい。


 こうした一連の騒動がありつつも、オレの痕跡がどこからも見つからないことから、最終的にオレの失踪は『神隠し』なんて単語でまとめられた。


 本当は『妖精隠し』とでも言うべきだが、神か妖精かの違いなんて、他人にとってはおかゆとおじやくらいどうでもいいことだ。

 オレは甘んじて受け止めることにする。


 ただ、田村燐という存在を、一人胸に収めていなければならないことだけが、辛かった。



――――――――――――――――――


次回、いい人止まり、地縛霊になります。

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