第45話 いい人止まり、北欧系ギャルの実家に行く


 振替休日。

 いつもなら心浮き立つ響きも、今のオレにとっては、ただの一日に過ぎない。


 公園には、オレと燐の他にもう一人の姿があった。

 灯里である。

 実行委員の仕事をほっぽりだして消えたオレを、心配して見に来てくれたのだ。


「えっと、はじめまして……」


 燐を前にして、灯里は警戒するようにお辞儀をした。


「本当に覚えてないんだな……」


 オレが呟くと、灯里は不審感いっぱいに眉を寄せる。


「覚えてない……本当に私たち会ってるの? ドッキリじゃなくて?」

「オレが言いたいくらいだよ、そのセリフ」


 オレはため息をつきながら答える。

 灯里には既に、燐と対面するのは三回目だと説明していた。

 混乱しているようだったが、賢い彼女は一旦飲み込むことにしたようだ。


「それで、二人はどういう関係で……」

「燐はホームレスなんだ。オレはそれを助けてる」


 俺の言葉に合わせるように、燐がおずおず頭を下げる。

 その際に主張された燐の大質量に、灯里はしっかり目をつけた。


「ホームレスがこんなにおっ――!」

「あぁ、いいからそれ。そのくだり、もうやったから」

「どういう意味よ、それ……」


 爆発が不発に終わり、灯里は消化不良と言いたげな顔をする。

 でも、無駄な時間を使ってる余裕はないんだ。


「とにかく、ドッキリでもなんでもいい。騙されたと思ってくれていいから、とりあえず協力してくれ」

「まぁ、困ってるみたいだから別にいいけど……なにするの」

「わからん」

「は?」

「ただ、オレたちと一緒に回ってほしいんだ。コイツの思い入れのある場所を」


 燐も、小さく頷く。

 灯里はしばらく額にシワを寄せてオレと燐の様子を観察していたが、やがて、諦めたように肩をすくめた。


「……わかったよ。それじゃ、これからどこか行くの?」

「あぁ。今日は、燐の実家まで行こうと思ってる」




   ◇



 公園から、寮とは反対側へ続く道路を進み、小さな川に渡された橋を越え、曲がりくねる商店街を歩く。

 

 燐の元いた家の住所は、調べたところ、町内を越えない場所にあった。

 徒歩だとまあまあ遠いが、バスを乗り継ぐよりは速い。そんな距離感だ。

 考えてみれば、家から突然追い出された少女が、精神的にも金銭的にも、遠い土地に住み着くはずはない。

 ただ、不安になった。


 これだけ近いと、家族に鉢合わせてしまうこともあったのではないか。

 その瞬間を想像するだけで、オレは心が苦しくなる。

 燐はそのとき、どんな気持ちで家族を見送ったのだろうか……


 目的の場所へ向かう間、燐と灯里は様々に雑談を交わしていた。

 燐が煽らなくなったためか、二人の本来の相性は悪くないようだ。


 久方ぶりに楽しげな燐の時間を邪魔しないよう、オレは地図アプリ片手に、前を先導する。

 ただ、住宅地に入り込むと、細かい道が増えて読みにくくなった。


「えっと、ここ右か……?」

「あ、ごめん。次の道を右ね」

「あぁ、わかった」

「それで、突き当たりを左行けばウチだから」


 オレは指示通り、道を選んで右に曲がり、更に進んで、左に折れる。

 閑静な住宅街の端に出た。

 そこで、燐は案内をやめた。


「……どの家だ?」


 オレは地図アプリと現実を照らし合わせながら、尋ねる。

 GPSが狂っているのだと思いたかった。


 しかし、燐は答えることなくオレを追い越していくと、アプリでピンが立っているその一区画の前で足を止めた。


 そこにあったのは――広い更地だった。


 清潔で高級そうな隣家に挟まれたその場所は、ポッカリと穴が開いたかように、なにもない。

 ただ、『売地』という赤文字が目立つ不動産屋の看板と、夏の間に生い茂った雑草だけが、この土地の扱いを示していた。


 酷い話だった。


 どんな気持ちで家族を見送ったか、だって?

 彼女には、そんな機会も与えられなかったのだ。


 現実には血も涙もないと――

 思い知らされた。


「家族は引っ越したの。アタシが出てってすぐ」


 燐は人の書いた物語でも読み上げるかのように、こともなげに語った。


「最初はアタシも、ちょっとパニクっちゃっててさァ。何回もしつこく通っちゃったのがよくなかったんだよね〜。土地に憑いたお化けだと思ったみたいで、どこかに引っ越しちゃった」

「引越し先は?」

「分からない。教えてもらえなかったから」


 何もない空間から、じっと目を離さずに……


「まぁ、当たり前だよね〜。アタシから逃げるために引っ越すんだもん。行き先を教えるはずないって」

「見当もつかないのか……」

「少なくとも、この街の近くじゃないことは確かだね〜。バッタリ会っちゃったら、ついてこられちゃうかもしれないし」


 まるで他人事のように答える燐。


 ついてこられたら困るから、引越し。

 残された子供は、一体どんな気持ちになるのか……想像もつかない。


「むしろ、家を売らせて申し訳なかったなァって思ってるよ。ローンもまだ全然残ってた系なのに」

「ごめんな」


 オレは頭を下げた。

 そんなオレを見て、燐は目を細める。


「……なんで純くんが謝るの? おかしい人だね」

「だって、嫌なことばっか思い出させてるだろ……」


 昨日だって、今日だって。

 答えを探す旅は、すなわち彼女を傷つける旅だ。

 

 親に置き去りにされた少女は、生家のあった空き地を見据えたまま、笑ってみせた。


「大丈夫だって。慣れてるから」


 オレは、唇を噛んだ。

 助けるなんて大口を叩いたくせに、結局やっているのは、彼女をつらい目に合わせることだけか。


 これをきっと、三十六回繰り返してきたんだ。

 それに気づいて、悔しくなる。

 自分の力のなさが嫌になってくる。


 なんてダメな奴なんだろう、オレは。


 出会ってから今まで、オレはずっと無力だ……



――――――――――――――――――


次回、いい人止まりが北欧系ギャルに膝枕されます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る