第44話 いい人止まり、北欧系ギャルと徘徊する


 わかりきっていることは、守りの策を弄するだけでは、ジリ貧になるということで。

 オレたちは、攻めの策も同時に進めることにした。

 つまり、そもそもどうしてそうなったのか、その原因を見つけて潰す、ということだ。

 

 たとえば持ち物をなくした場合、これまで歩んできた道を一からさらい直してみると、不意に記憶が戻ってくることはよくある。

 だから、燐の思い出せる範囲で、異変が起こる前後の道筋を、二人で辿ることにした。


 そうすれば、折に触れてなにか思い出すかもしれない……

 やはりそれも作戦というよりは、祈りに近かった。



   ◇



 燐の告白から一夜明けた、日曜日。


 オレは文化祭で盛り上がる母校に背を向け、燐と最寄り駅に赴いた。

 目的地は、ここから三十分の距離にある、とある別の高校。

 燐が去年まで在籍していた学校だ。


 やってきた電車に乗り込む。休日昼の下り線はほとんど貸切だった。


「みんなから忘れられてるってハッキリ気づいたのは、学校が最初……」


 ガラガラの車内で、燐のか細い声が響く。


「初めは、クラスメートが『アナタ誰?』って言い始めて。最初は冗談かと思ってたけど、でも、全然やめてくれなくて。だから、イジメられてるんだと思った……アタシ、学校で浮いてたし……」


 彼女は、まるで今その状況が目の前にあるかのように、生唾を飲み込む。


「でも、段々アタシを思い出せない人が増えていって、流石におかしいって気づいた。いじめにしては規模が大きすぎるって。だって、先生たちまでアタシを他校の生徒扱いするんだもん。でも、気づいたときにはもう遅くて、最後には中学から仲良しだった友達にも忘れられちゃった」

「それで、今の状況に気づいたのか」


 燐は、力なく首を振る。


「まだ、確信はしてなかった。だって、信じるには突飛すぎるもん。でも……おかしなことが起こってるとは思い始めた……」



   ◇



 駅を降りて、徒歩で数分。


「……ここ」


 燐が、弱々しく呟く。

 周囲に畑が広がる、のどかな田園風景の中に、ドンと存在感のある佇まい。

 この街で唯一の総合高校が、オレたちのうえに大きな影が落としていた。


 今日は、日曜。

 文化祭期間中の我が母校とは違い、当然ながら、正門は閉まっている。


 つらい記憶が残る場所のはずだが、燐は、その建物を飽きることなく見つめていた。


 本来、彼女が青春を捧げるのは、公園ではなくこの学舎であったはずなのに……


「どっかから入れないのか?」


 オレは、沈みそうになる気持ちを自分で励まし、周囲を見回す。


「なんか部活とかのために、別の出入り口があるはずだろ」

「でも、部外者は立ち入り禁止って書いてあるよ。ほら」


 燐の指差した先には、


 ――部外者立ち入り禁止。御用のあるかたはインターホンからご連絡ください。


 という札が提げられていた。


「燐は部外者じゃないだろ……オレはともかくとしても……」

「そんなことないよ、だって誰も私のこと知らないんだから。部外者って知らない人のことでしょ?」

「……」


 オレは二の句を継げなかった。


 確かに、学校側からしてみれば、今の燐は見ず知らずの十代の女の子であり。

 それはつまり、部外者というほかに呼び方がないってことだ。


 というより――


 この広い世界のどこにも、彼女が部外者でない場所は、存在しないのだった。

 

 人間社会が、例外なく『所属』や『関係』で構築されている以上、それを手に入れられない燐に、公的な居場所はない。

 人から忘れられるというのは、世界中から追放されているのに等しい。

 

 だから、彼女はホームレス家なき者なのだ。


「私部活とか入ってなかったら、休日のルールとかあんまり知らないんだよねェ。ごめんね、役に立たなくて」

「そうか。まぁ最悪、門を越えちまえば――」


 そう言いかけたとき――


 敷地内から届いた笑い声が、オレの言葉を遮った。


 正体は、すぐにわかる。

 正門脇にあった小さな通用口から、制服姿の女生徒集団がぞろぞろと出てきたからだ。

 まず間違いなく、この学校の生徒たちだろう。


「あ……」


 隣に立つ燐が、息を呑むのがわかった。

 集団の中の一人に、視線を注いでいる。

 

 友人たちと話しながら歩く、少し暗めのその生徒は、燐に見られているのに気づいて、怪訝そうに頭を下げた。


「……知り合いか?」


 オレが耳打ちすると、燐はポツリと呟く。


「中学から友達だった人」


 ――だった。


 彼女の話す過去形は、いつも悲しい響きを含んでいる。


 一方、年頃の女生徒たちのひそひそ話は、静かな田舎道によく通った。


「あの人たち、なに……? めっちゃこっち見てるけど……」

「片方外国人? かわいー! 学校見学とかかな?」

「えー、日曜に? 他校の生徒じゃない? それか、OBOGかも」


 苦々しい思いに浸りつつ、燐の様子を伺う。

 彼女は、女生徒たちの背中を見送っていた。


 懐かしげに、寂しげに……


 当たり前の日々が送れていれば、燐もあの平凡な輪のなかにいられただろうに。

 現実には、オレの隣で薄汚れたウィンドブレーカーを着て、過ぎゆく同級生たちを眺めている。


 燐のいる世界の寂しさが、オレにもようやく理解できた。


 記憶されることとは、つまり、人と繋がりを保つことで。

 それを奪われた燐は、なんの誇張もなく、この世界でひとりぼっちなのだ……


 彼女たちが去ったあと、オレたちは、通用口から忍び込んで校舎内を見て回った。

 通学路周辺も歩き回り、燐がよく買い食いしていたという惣菜屋にも行ってみた。


 が、なんの収穫もなく……


 貴重な一日は終わりを告げた。



――――――――――――――――――


次回、黒髪幼馴染がやってきます。

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