第38話 いい人止まり、走る
人でごった返す学内を遮二無二抜け出し、逸る足で、正門へ。
時刻は、まさに今、十五時になろうというところだった。長針は十二の数字にほぼ重なっている。
今やハッキリと思い出した彼女との約束が、頭のなかでリフレインする。
――十五時までに迎えに来て。
――いるうちに捕まえないと、もう探せないから。
今思えば、こんな事態になることを見越していたような言葉だった。
約束の時間を一秒でも遅れてしまえば、彼女はいなくなってしまうのではないか……
そんな不安をオレは振り払う。
視界の先に、正門に立て付けられた歓迎ゲートが見えてきた。
頭痛の残響に歯を食いしばりながら、全力で駆ける。
あと少し……!
周囲の客が驚くなか、オレは装飾された正門から勢いのままに飛び出した。
……彼女の姿はなかった。
息を切らしながら学内を振り返り、最も近い時計を見上げる。
十五時を、既に二分過ぎていた。
たった二分。それだけで。
シンデレラは、靴も残さず消えてしまったのだろうか……
まだだ。帰ってる途中かもしれない。公園まで戻れば、まだ……!
冷や汗を拭い、オレが再び走ろうとした、そのとき。
「あ……」
背後で小さな声がした。
遠慮がちで消え入りそうな、聞き覚えのある甘い声。
振り返ると、そこには一輪の野花のような少女がひとり、楚々として立っていた。
今の彼女の姿を見て、ホームレス生活を送っているなんて想像する者なんて誰もいないだろう。
過酷な生活で傷んだ銀髪は、今日に限っては丁寧に梳かされ。
いつか一緒に選んだ、女の子らしいワンピースに身を包んでいる。
来る前にシャワーを浴びたのだろう。白い肌には汚れもなく、薄い化粧さえ施して。
見違えるように美しくなった少女が、上目遣いにオレを見つめていた。
本当に、綺麗だった。
そして。
罪悪感で心がねじ切れそうだった。
「燐……?」
恐る恐る、声をかける。
すると、彼女は弾けるように顔を綻ばせた。
「……イヒヒ、良かった〜。見つけてくれないかと思ったよ〜」
オレはその屈託のなさに戸惑ってしまう。
「ごめん、オレ……」
「今日、何回も私の前通ったんだよ〜? 大変そうだなぁって思って見てたけど」
「なら、声かけてくれたら……」
そう言いかけて、オレは口ごもった。
先ほどまでのオレは、声をかけられてきちんと思い出せただろうか……
「ねぇ、どう、この服? 似合ってる? 今日初めて着たんだよ? もう今日しかないと思ってさ〜」
「ご、ごめん。燐……」
オレはたまらず頭を下げた。
計り知れないほどの不誠実を謝りたかった。
「言ってなかったけど、オレなんか、最近頭が変なんだ。よくわかんねぇけど、色々忘れるようになっちゃってて。今日も、さっきまで約束忘れてて……本当にどうかしてる……」
「忘れたのは、約束じゃないよね」
その一言は、息を呑むほど鋭かった。
顔を上げると、彼女はオレの目を覗き込んでいた。
「あーしのことだよね」
燐の表情に、感情はない。
ただまっすぐに、オレに問いかけている。
「それは……」
「正直に答えて、純くん。純くんは忘れたんだよね? 田村燐っていう人間そのものを」
彼女の眼差しは、厳しかった。
逃げ場はどこにもない。
「忘れたんだよね?」
「……はい」
認めると、燐はようやく肩を下げて体勢を戻した。
途端に、伝えたいことが脳天を突き上げる。
「でも、オレも混乱してて……! 最近、異様に物忘れ激しいし、きっとなんか脳の病気なんだと思う。今度、病院に行くよ」
「……大丈夫だよ。純くんは、正常だから」
そう口にして、彼女は力なくオレに笑いかける。
それは、はらりとこぼれ落ちる花のような、曖昧な笑みだった。
「それは、どういう……」
「う〜んっ! 待ちくたびれて疲れちゃったな〜」
流れを断ち切るように大きく伸びをした燐は、突然オレの腕を掴んで学校から離れ出す。
「行こ、あーしたちの公園に」
「え、ちょ、待てよ! 今のはどういう意味なんだよ! なぁ……⁉︎」
オレの縋るような問いかけも、聞こえていないフリをして。
燐はオレの手を引いたまま、公園への道を歩み始めた。
―― 第三章 美少女たちよ、頼むからオレの取り合いしないでくれ 了 ――
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【大事なお願い】
ここまで読んでくださってありがとうございます……!
この作品は、カクヨムコン応募作品です。
受賞できるとは考えていません。
ただ、一度でいいので、読者選考というものだけは抜けてみたくって……
もし少しでも、面白かった! 続きが気になる! 楽しかった!
と思っていただけましたら、
ぜひ、下にある【星☆評価】でエールをください……
現時点の評価で構いません。
1つ押していただけるだけで大変ありがたいです。
入れて頂けたら【子孫恋愛成就】の舞を舞わせていただきます……
(読者選考は2/8までなので、それまでに何卒……!)
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次回、いい人止まり、彼女の秘密のすべてを知ります。
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