第36話 いい人止まり、ツンデレ幼馴染と文化祭を回る②
校舎の大時計を見上げると、今は十四時を過ぎたところだった。
最も来場者の多い昼頃を超え、文化祭の盛り上がりは一旦の落ち着きを見せている。
オレと灯里は、昼飯代わりに買ったタコ焼きをつまみながら、客として祭りを歩いて回った。
昼下がりの校内に、客寄せの溌剌とした掛け声や、楽しそうな喧騒が響いている。
「それにしても灯里、電話もらってから駆けつけんの早すぎだろ。仕事とか大丈夫なのか?」
オレの質問に、彼女はなんでもないという風に肩をすくめた。
「他の子に代わってもらった。私も休憩取ってなかったから」
「そっか。お互い忙しかったもんな」
「……まぁ、私はワンチャン狙いで残してたんだけどね」
「どういうこと?」
「なんでもない」
灯里は、残ったたこ焼きをオレに渡すと、前かがみになってオレを上目に見上げた。
「さ、まずはなにしよっか? どこ行きたい?」
「そうだな。とりあえず……」
オレたちは、短い休憩時間をフル活用するように、文化祭を満喫し始めた。
自分たちのクラスに顔を出し、友達のライブを見に行って、展示を巡る。
今まで準備をしてきた運営側だから、どこで誰がどんなことをするかなんて全部わかっていたけれど。
それでも、最高の気分だった。
オレは今、青春の真っ只中にいる。
その自覚が持てていることが、嬉しかった。
しかも、その隣には灯里がいる……
自分がなにかを忘れているという違和感は、頭の隅にずっと残っていたけれど。
それを気に病む瞬間など、一瞬たりとも訪れなかった。
理想の高校生活の前には、すべてが些細なことなのだから……
◇
休憩時間に終わりが近づいてきたオレたちは、残りの時間を校庭に連なる屋台列を流して過ごすことにした。
野球部の焼きそば、バトミントン部のワッフル、囲碁将棋部のとんぺい焼き……
ザ・お祭りという感じのうまそうな匂いをさせるこのスペースは、どの時間帯でも客足が途絶えない人気の場所だ。
しかし、そのなかに一軒だけ、客が足を止めない場所があった。
『黒魔術研究会』
怪しげな屋台だった。
他の彩色豊かなライバルたちとは一線を画す、黒地に赤のおどろおどろしい店構え。
いやまぁ、もちろん認可済みだし、実行委員なんで存在も知ってはいたが……
場が盛り上がるほど、こう、目を引くというか、悪目立ちしてるな……
他の客同様、その店先を遠巻きに過ぎ去ろうようとしたそのとき。
「佐伯くーん……灯里ちゃーん……」
その受付から、か細い声が届いた。
クマの濃い目をした、大ぶりのツインテール女子が、オレたちに向かって遠慮がちに手を振っている。
隙あれば屋上から飛ぶ女――橋丘らいむだった。
屋上以外で彼女に会うのは、ずいぶん久しぶりな気がした。
お祭りの陽気にやられているんじゃないかと一瞬心配したが、部活の気の合う仲間たちといるためか、むしろ顔色は明るい。
実行委員としてホッとする。
今日はさすがに、自殺企図をすることはなさそうだ。
魔女の誘いのようならいむの客寄せに引かれ、オレたちは店の軒先を覗く。
そこには、手作りの小物が台に並んでいた。
見た目は精巧で、思いの外まともだ。
「へぇ、かわいいー」
灯里が素直に感嘆して、一際輝くネックレスを手に取る。
すると、らいむが説明を口にした。
「あの……それは、『意中の人を別れさせるネックレス』だね……」
「へ……?」
「これは『悪夢を見せるお人形』で……こっちが『あの子の物を奪っちゃう栞』……」
らいむが商品を次々指差して紹介する。
前言撤回。全然まともではない。
灯里は呪いの品をソッと元に戻す。
「佐伯くん、最近忙しいの……?」
唐突に、らいむがオレを見上げて訊ねてきた。
「え? まぁ、ここ最近はずっと忙しかったけど」
「らいむね、この前屋上行ったんだけど……佐伯くんが来てくれなかったから、死ぬのやめたの……」
「そ、そっか……」
なら、オレが行かなければ解決なのでは……?
「それでね。アタシ、佐伯くんがいないあいだに考えて、気づいたの……」
「えっと……なにに?」
「大切なものは、画面の先じゃなくて、すぐ近くにあったんだな、って……」
「……」
彼女がオレに向けるウットリした視線は、屋上で推しについて語っているときとそれと同じだった。
本能が、危険を察知した。
「あっ! そ、そろそろ仕事戻る時間だわ! な、灯里!」
隣の灯里を振り向くと、
「お守り効いてないじゃん……」
呪詛のように、ブツブツ呟いていた。
「え、灯里……?」
「ん?……あぁ、ごめん。そうだね、戻ろ」
――そのときだった。
黒魔術研究会の屋台から、聞き覚えのある物音が響いたのは。
――――――――――――――――――
次回、いい人止まり、混乱します。
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