第35話 いい人止まり、ツンデレ幼馴染と文化祭を回る①


 部屋の窓に、新鮮な日差しが差し始める頃。

 オレは、アラームが鳴る前に目を覚ましていた。


 文化祭当日――


 ついに迎えた、特別な朝だ。

 天気は快晴。最高の文化祭日和。

 今日こそが、実行委員の正念場で、集大成である。


 オレは思い切り伸びをしてから、景気付けに顔を叩いた。


 おし!

 今日一日、成功させることだけ考えよう……!



   ◇



 大々的なオープニングセレモニーから、文化祭は華々しく始まった。


 在学生、卒業生、父兄や他校の生徒など、一年に一度の人混みが、学内に押し寄せる。

 屋台の食欲をそそる匂いや、明るい喧騒、浮かれた雰囲気。


 そのどれもが――文実のオレには無関係だった。


 オレは、入場開始の九時からノンストップで、学校中を駆け回った。

 予定された仕事はもちろん、突発のアクシデント対応、迷子の案内、などなど……

 ハチャメチャに忙しかったが、アドレナリンが噴出しているからか、疲れを感じない。


 ようやく休憩が取れたのは、正午をとっくに過ぎた頃合いだった。

 実行委員の待機部屋に体を引きずって帰ったオレは、椅子の上にグッタリと伸びる。

 

 脳内麻薬が切れてしまったらしい。

 腹ペコではあるが、買ってくる気力もない……


「お、スライムが溶けてるー」


 背もたれから仰向けに顔を向けると、逆さのチュシャ猫がオレをニヤニヤ見下ろしていた。


「おつー。がんばってるー?」

「瑛一ぃ、茶化しに来やがったなぁ……?」

「はい、これ。陣中見舞いね」


 ビニール袋を差し出してくる。なかには、コンビニの惣菜パンやドリンクなどが大量に入っていた。


「瑛一様……かたじけのうござる……」

「手のひらくるくるじゃん。灯里は?」

「しばらく見てないなぁ。どっかで呼び出されてるんじゃねぇか?」


 オレはパンを物色しながら答える。


「そっか。それ、灯里の分もだから、よろしく言っといて。あ、全部食べちゃダメだよ」

「うぃー」


 オレは返事の代わりに手を振って、ついでに尋ねる。


「あ、そうだ。瑛一、今から時間あるか? 屋台回るの付き合ってくれよ。オレ、まだどこも回ってなくてさ」

「僕はダメだって、昨日言ったじゃん。今も彼女待たせてるもん」

「あ、うぃっす。りょかいっす」


 オレは焼きそばパンをかじりつきながら、ため息をつく。

 それで帰るかと思ったが、瑛一はパンをかじるオレを眺めたまま、その場を離れなかった。


「……? どうかしたか?」


 見上げた先の彼は、なにかが引っかかるというように、首を傾げている。


「純さ、なにか予定あるって言ってなかったっけ」

「うぇ?」

「昨日の夜、誰か案内するとかって。灯里が愚痴ってたし。純に誘い断られたって」

「そんなこと……」


 言いかけて、オレの頭に違和感が走った。

 たしかに、なんかそういうくだりをやった気がする……


「いや、なんか覚えあるわ……なんだっけ……」

「ここにいて平気なの……?」

「わからん……」


 瑛一は、悩み始めるオレを不思議そうに見た後、パッと明るく切り替える。


「とりま、相手募集中ってことだよね。なら、連絡しちゃおーっと」


 そして、自分のスマホを取り出して、耳元に当てた。

 しばらく待ってから、話し始める。


「……あ、おっつー。ねぇ朗報。純ね、今待機室でちょー暇そうにしてるよ。……いやいや、礼には及びません。うん、はい、はーい」


 切る。


「お前、今誰に……」


 瑛一の密告に狼狽していた、そのとき。

 

 お祭りの中心部から離れた廊下を、バタバタと駆けてくる音が聞こえてきた。

 訝しんでいると、数秒後には、顔を輝かせた灯里がドアの前に立っていた。


「回ろ!」


 挨拶もなしにそれだけ言うと、部屋に踏み込んで、オレの手をグイグイと引っ張ってくる。


「ちょ、オレまだご飯食ってんだけど……! ていうか、疲れてんだけど……!」

「私も一緒!」


 結局、オレは焼きそばパン片手に、灯里に外へと連れ出されてしまった。

 部屋に一人残ったチュシャ猫は、ニヤニヤ笑っていやがった。



――――――――――――――――――


次回、いい人止まりが黒髪幼馴染と地雷系ツインテール女子に迫られます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る