文化祭編‼︎

第34話 いい人止まり、ツンデレ幼馴染と文化祭準備で青春する


 高校の行事と言えば? と聞けば百人が百人答える――※オレ調べ――であろう一大イベント、文化祭。

 その開催の日が、いよいよ差し迫っていた。


 にわかにソワソワし始めた学内で、実行委員の仕事も大詰めを迎えており、最後の一週間はオレも灯里もてんてこ舞いだった。


 各種イベントのリハや、荷物の搬入、調整作業……


 オレたちは、昼休みも放課後もフル稼働で学校中を走り回った。

 すべてのタスクをこなした後は、寮に帰ってちょっと勉強して、寝る。それで精一杯。

 当然、放課後にどこかに行けるような余裕もない。公園にだってずっと行っていない。


 だが、オレは充実感でいっぱいだった。


 これぞ、青春――

 これぞ、高校生活に求めていたもの――


 オレは今、満たされつつあった。



   ◇



 文化祭は、前日が一番楽しい。清少納言の言葉である。


 この日は、最終下校時刻が特別に延長され、生徒たちが最終作業をするのを認めていた。

 簡単に言うと、学校公認のパーティーナイトである。

 

 そのため、夜になっても校舎には多くの生徒が残り、夜闇を弾き飛ばすように活発に動いていた。


 かくいうオレも、中庭でメインステージの最終調整中。

 隣では、灯里が同じように立って、その様子を眺めている。


 ここが終われば、すべての準備工程は終了。

 あとは、朝が来るのを待つだけだ。


「……寂しいな」

「え?」


 思わず呟いてしまった感慨を、灯里が耳ざとく拾った。

 

 いかん、口が滑った……


 案の定、隣では灯里が意味深に含み笑いしていた。


「い、いや、なんつーかさ。今日までは忙しくてヒーヒー言ってたけど、終わってみりゃ名残惜しいっていうか、残念っていうか……」

「へー? 純にしては酔ってるじゃん。珍しー。うぇーい!」

「や、やめろそのノリ! 肩を押すな!」


 灯里は、ケラケラと明るく笑う。


「からかいやがって……」

「ま、私も今同じこと思ってたんだけど」


 それこそ珍しい言葉に、彼女の横顔を見やる。

 灯里もまた、ステージ上を動き回る生徒たちの姿に、目を細めていた。


「純がやるって言うから文実入っただけだったけど、意外と楽しかったし。終わっちゃうのやだなぁって、私も思ってたとこ」

「……おう」

「こんなに純といられたのも、小学生以来だったしね」

「そうか……」

「そうだよ」


 そう言うと、彼女は照れ臭そうに夜空を見上げる。


「嬉しかったなぁ」


 普段は立ち入れない夜の学校を、生徒たちが踊るみたいにはしゃぎ回っている。

 お祭り前の空気に満ちた敷地内で。

 灯里の透き通る肌が校舎の光に輝いている。


 オレはきっと、この光景を一生忘れないのだろう。


 ……あー、やっぱりオレ、少し酔ってるかもな?


「よっすー。頑張ってる?」


 油断していたところに、オレの肩を誰かが叩いた。


 振り返ると、瑛一がそこにいた。

 頬に、星や丸のシールを貼り付けている。

 絵に描いたような陽キャだ。

 楽しそうでなによりだが、顔の良さも相まって、ちょっとムカつく。


「どう? 今日は二人、予定通り帰れそ?」

「おー。瑛一のクラスは? 準備終わったか?」

「バッチリ! あとは明日、彼女をおもてなしするだけだね!」

「くっ、リア充めが……」

「へっへっへ」

「いいなー、瑛一は」


 灯里が弱々しくぼやいた。


「私なんか、一緒に回る人すら決まってないよ」

「なに言ってんの、コレがいるじゃない?」


 瑛一がオレを指差す。


 おい、人をコレ呼ばわりするな。


 すると、灯里が気落ちしたように首を振る。


「断られた」

「ひぇえー⁉」


 瑛一は、正気か⁉ みたいな目でオレを凝視した。

 そんな驚かなくてもいいだろ……色々あるん……


 そこで、俺の思考ははたと停止した。


 ……いや、待て。

 色々あるって……なにがあるんだ?


 ていうか、その前に、灯里は今なんて言った……?

 断られた……?


 なんの話だ。


「え、オレ、そんなことしたっけか?」


 途端、空気がガチガチに冷え切ったのが、さすがのオレでも理解できた。

 周囲は陽気で騒がしいのに、オレたちの間だけは凍りついている。


 瑛一は「あーらら、やっちゃった。僕しーらない」みたいな感じで頭の後ろに手を組んで空を見上げ始めた。


「何言ってんの。断ったじゃん」


 向き合った灯里は、恐ろしいほど仏頂面だった。


「え、ま、マジ?」

「案内する人いるからって」

「案内……?」

「覚えてないの? サイッテー……」

「多方面にサイテーだね」


 瑛一が頷く。

 コイツ、余計なことを言うために来たのか?


 ……とはいえ。


 二人の叱責は、今回の場合は正しいのかもしれない。思い出せない限りは、そうだろう。


 オレは、明日の文化祭のことでいっぱいだった頭を切り替え、記憶の倉庫を掘り返し始めた。


 誰だっけ……なんだっけ……


 確かにそんなことがあった気がする。


 オレが案内する予定の……誰かとの約束……


 脳内にかかった霧の先に、なにかがいた。

 古い幼少期の出来事のように、埃を被った美しい記憶。

 オレを待っている、その姿。


 しかし、それは周囲の騒音に邪魔されて、みるみるうちにシルエットを崩して、消えた。


「……悪い。思い出せない」


 マジメに落ち込むオレの様子に、二人は顔を見合わせた。


「純……大丈夫? この頃ちょっと変だよ?」


 灯里が心配げな顔をオレに寄せる。


「おぅ……」

「きっと忙しすぎたんだって。少し休めば、回復する」


 瑛一が励ますように請け負い、思いついたように手を叩く。


「そうだ、もう終わるなら、早めに帰らせてもらえば? 明日に響くのが一番良くないし。ねぇ?」


 瑛一の提案に、灯里が間髪入れずに頷いた。


「任せていいよ。あとは見とくだけだから」

「……悪い。明日埋め合わせすっから」

「気にしなくていいから、早く帰りな」


 オレは、壁際に転がしていた鞄をトボトボと回収しに行き、不安そうな二人に手を挙げる。


「じゃあ……」


 そして、寮への道のりを歩き始めた。


 紅潮した生徒たちが行き交うなか、逆走して正門を通り過ぎる。

 先程まで味わっていた高揚感は、もはや感じない。


 一体、オレはなにを忘れたのだろうか……


 そればかりが頭にこびりついていた。



――――――――――――――――――


次回、いい人止まりがスライムになって連行されます。

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