第32話 いい人止まり、北欧系ギャルを盗み聞きする①
その夜、オレは灯里と別れた後、その足で憩いの丘市民公園へ向かった。
オレと灯里の仲を取り持ってくれたことに感謝したかったのもあるが、なにより不安だったからだ。
どうしてあのとき、燐のことを忘れてしまったのか。
理由がわからないから……
公園に辿り着いたと同時に、スマホがブブッ……とポケットのなかで震えた。
取り出すと、灯里からチャットが飛んできていた。
――今日はワガママ聞いてくれてありがと。嬉しかった。これからもよろしく。
彼女らしい、短いメッセージ。
照れ隠しにぶすっとしながら感謝する灯里の姿が見えるようだ。
オレは少し苦笑しながら、いつでも付き合うよ、とだけ返して顔を上げ――気づいた。
あれ、オレ、なんでここに来たんだっけ……?
その瞬間、激しいデジャブが脳を貫いた。
これだ。
やっぱりこれだ。今日二度目の感覚だ。
忘れたことは覚えている。でも、なにを忘れたのかはわからない。
なにを?
どうして?
誰を?
どうしてオレはここにいる……?
公園の夜闇は、オレの混迷を深めて映し出す。
今日、灯里と遊んだところまでは確かだ。
でも、そのまま寮ではなく、公園に来る意味がわからない。理由がない。
オレは海馬の海へ潜っていくように、意識を集中する。
無意味に来たわけがない。なにかがあったのだ。
悩んで、悩んで、悩んで……チラッと泳ぐ記憶の魚を視界の隅に捉える。
尾びれを反射的に掴んだ。
……燐だ。
そうだ、燐だ。オレは燐に会いに来た。
それ以外にないじゃないか。
正解に辿り着くと、いっぺんに世界が戻ってくる。
肌寒い空気のなか、オレは再び、冷や汗をじっとりとかいていた。
なんか今日は、ずっと変だ。
今の今まで、公園に来るまでは、彼女のことで頭がいっぱいだったはずなのに。
どうして、また思い出せなかったんだろう。
燐を忘れるなんて……あり得ないのに……
遠くで、パチンッと大きく弾けるような音が鼓膜を刺した。
顔を上げると、公園の隅の原っぱに、見慣れない赤い光源が灯っていた。
黒い秋宵に、夜火が眩く映る。
ブルーシート小屋が背後の樹木にその影を揺らめかせている。
燐が、いる……
オレは焦燥感に苛まれながら、明かりに近づく羽虫のように近寄っていった。
パチパチと乾いた木の弾ける小気味いい音で、光の正体が焚き火だとわかる。
小屋を裏から近づいていくと、彼女の姿より先に、声がした。
口調から、誰かと話しているようだ。
「ねぇ、湯たんぽ。アタシ、うまくやったよね? これで合ってるよね?」
――――――――――――――――――
次回、いい人止まりが北欧ギャルにぶんどられます。
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