第30話 いい人止まり、ツンデレ幼馴染とデートする①


 灯里との約束は、その週の休日には果たされた。


 現役モデルの灯里のことだから、てっきり都心へ出るものと思っていたのだが、灯里が所望したのは、地元の巨大ショッピングモールだった。

 新鮮さなんてなにもない。


 それでいいのかと聞き返したが、それ『が』いいのだと返ってきた。


 まぁ、オレも灯里も遊園地っていうタイプじゃないし、

 その商業施設は、地元の小中学生たちが集まる馴染みの遊び場でもある。当然、オレたちも通った道だ。


 だから、それ『が』いいのだろう。


 灯里は、集合場所にオレを見つけると、手を取って引っ張り始めた。まるで小学生のころに戻ったかのように。

 それからオレたちは、ベタな遊びかたをした。

 

 最近話題のアニメ映画を見て、目的もなく店を巡って、ゲーセンでUFOキャッチャーをする。


 常にオレの横を歩く灯里は、終始明るい雰囲気をまとっていた。

 それが、どうしようもなく懐かしくて、嬉しい。


 きっと、オレだけじゃこんな表情にはさせられなかったんだろうな……

 アイツが背中を押してくれなければ、オレは灯里と向き合わないまま、このあと何年も生きていただろうから……


 お礼しないとな……

 でも、なにができるだろう……


 オレは悩み始め、すぐに思いついた。


 そうだ、文化祭に招待してみよう。

 オレは実行委員だから、案内なら誰よりも詳しくできる。

 いつもサバイバル生活で精一杯な彼女を、お祭りでリフレッシュさせてやれるかもしれない。

 個人的にはナイスアイデアだと思った。

 本当にナイスかどうかは、彼女に聞いてみないとわからないが……


「……純、聞いてる? ねぇ、純」


 ようやく、オレは隣の少女の呼びかけに気づく。


「お、おぅ。ごめん、なに?」

「これって、デートだよね」

「え、なに?」

「デートだよねって」

「あ、あぁ……まぁ、そうなんじゃね? 高校生男女で遊んでるなら」


 どっちかというと、妹に付き合わされている兄の気分だけどな。


 オレの答えは正解だったのか、彼女は満足そうに目を細めて、道の先にある清潔感あふれるテナントを指さした。

 有名な百円均一ブランドだ。


「次、百均寄りたい」

「おう」



   ◇



 灯里は昔から百均のお得意様だ。

 家庭事情から節約志向が染み付いているのもあるが、そもそも小物が好きなのだ。

 キラキラしたシールとか、幼女アニメの変身用コンパクトとか、プラスチック製の宝石とか、そういう女児っぽいものに強い反応を示す。


 今日もまた、百均の片隅にある女児用シールを手にとって比較しながら、灯里は思い出したように言った。


「そう言えば、純って備品の買い出し頼まれなかったっけ。今買っちゃえば?」


 言われて、オレも記憶を呼び起こす。

 そうだ。確かに、文実の活動で足りなくなったものを買い足す役目を仰せつかっていた。


 買うべきもののリストは、紙に書いていた。当然――灯里いわくデート中の――今は持っていない。

 過去の自分の優秀さに望みをかけ、スマホの写真フォルダを開いてみる。が、


「あぁ、写真も撮ってない……」


 使えないな、過去のオレ。オレだから当然か。虚しい。


「仕方ないなぁ」


 隣で、灯里が細い腰に手を当て呆れていた。


「大丈夫だよ。必要なものは、だいたい頭に入ってるから。一緒に買っちゃお」

「さ、さすが成績学年トップ様……」

「はっはっは。敬いなさい」


 彼女が無い胸を張る。

 そこは安定して小学生と変わらないな。安心する。



 かくして、灯里の従順なしもべとなったオレは、店内アナウンスが響くなか、灯里が思い出す順に商品を探し、買い物かごに放り込んでいく。


 灯里は相変わらず、人目を引いた。

 世間から逸脱した美貌は、男はおろか、女性の視線さえも盗んでいく。

 灯里と歩いていると、美少女の生活の一端を知ることができた。


 オレみたいなモブも悩み多いが、美人も美人で大変だ……


 同時に、あんな美姫を侍らせているのがあの程度の男か、という好気や恨みの視線を感じた。

 まったく、灯里に申し訳なくなる。


 なんでコイツは、好き好んでオレと遊びに行きたいなんて言うのだろう。

 釣り合ってないだろう。

 灯里なら、イケメンなんかよりどりみどりだろうに。


「なんだか、外から見たら夫婦っぽいかな? 今の私たち」


 唐突に灯里が振り向いて聞いてきた。


「え……? そ、そりゃ無理あるんじゃねぇか……? 全然見た目十代だし、オレら」

「じゃあ、カップルみたい?」

「まぁ……」


 俺は口を濁す。


 浮かれてんのか、今日は朝から変な質問ばかりしてきやがる。

 意図がわからん……


「私さ、昼休憩のとき、一緒に文化祭回る人いないんだよねぇ」

「またえらく話が変わるな」

「まぁまぁ、いいじゃん。聞いてよ」

「おぉ……」


 今日の灯里は、気の赴くまま。天衣無縫だ。


「そんでさ、友達はみんな、店舗のシフトだとか彼氏だとかで、時間合わないわけ」

「まぁ、文実はそうなるわな。クラスとも部活とも動き違うし」


 オレは、何気なく手に取った二種類の電池を見比べながら答える。

 どっちもアルカリ単三なんだが、この二つ、いったい何が違うんだ……?


「でも、せっかくの文化祭でそんなの、つまんないじゃん? だから、一緒に回ってくれる人募集中っていうか」

「おぉー。見つかるといいなぁ」

「……そうじゃなくて」

「あ?」


 振り返ると、棚に挟まれた細い通路の真ん中で、灯里が柄にもなくモジモジとしていた。

 黒いニーソックスの上で、スカートの裾が微かに揺れている。


「文実は文実で組むべきかなぁっていうか。純もきっと、みんなと時間合わないでしょ? だから、一緒に回らないかなぁって――」


「あー……」


 オレは頭を掻いた。

 今さっき考えたことと、被っちまったな……


「オレ、多分案内しないといけない奴いるから、無理かも……」


 灯里は、今オレに「実は女なんだ」とカミングアウトされたかのように、愕然としていた。


「その……案内しないといけない奴って……誰よ……」

「そりゃ、アイツだよ。お前も会った、ほら……」


 ――と。


 そこまで言って、オレは自ら発したセリフを耳にして、灯里以上に愕然とする。


 あれ?

 待てよ……嘘だろ……?

 そんなバカな。


 アイツって、誰だっけ……



――――――――――――――――――


次回、いい人止まりが黒髪幼馴染に情念のこもったプレゼントをもらいます。

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