第29話 いい人止まり、ツンデレ幼馴染とまっすぐ向き合う


 燐に叱咤されたあの日から、灯里と話す機会はぶっちゃけ無数にあった。

 休み時間のたびに、オレと瑛一の教室に来るからだ。


 が、オレには……勇気がなかった。


 瑛一と三人でいることが多い。話すのもくだらないことばかり。

 その流れを切ってまで話し出すのは、日常会話に爆弾を突っ込むようなもので、気が引けてしまう。


 しかし、時は訪れる。


 放課後。

 文化祭実行委員の仕事で、本番当日に使う備品を空き教室へ運んでいるときだった。

 瑛一も手伝いに名乗り出てくれて、三人で袋詰めされた飾り付けや事務用品を運ぶ。


「なんか変じゃない? 純」


 言い出したのは、瑛一だった。

 

「え?」

「最近、妙に暗いからさ。いつも物思いに耽ってるっていうか……なんかあった?」

「いやその……」

「恋患いでしょ」


 灯里が突き放す。


「は、はぁ⁉ なんでそうなんだよ!」

「だって、どうせあの子のことで悩んでるんじゃないの。ホームレスの。ほら、名前忘れたけど」

「燐な。薄情だなお前……」


 つい突っ込んでしまう。

 灯里は抜群に記憶力がいい。

 彼女が名前を忘れるってことは、忘れたフリか、覚えたくないほど嫌いなのか、そのどっちかだ。

 ……どちらにしろ嫌いってことか?


「そう、その子。どうせその子のこと考えてるんでしょって」

「違ぇよ……わかってねぇな……」


 オレは、緊張で生唾を飲み込み、口を開く。


「最近のオレの悩みのタネはお前だ、灯里」

「え……」


 灯里が足を止めた。

 オレたち三人は、廊下の只中に留まる。


 瑛一がおどけたように仰け反ってみせる。


「おっと、本当に恋患いだったか。僕、先行くね?」

「いいよ、気使わなくて。どうせこの前の話だ。小六のときの」


 その言葉に、少し空気が冷えて落ち着く。

 そう、そんな浮かれた話では決してないのだ。


「オレは、ずっと灯里に謝りたいと思ってた」


 オレは頭に思いつくままに言葉を紡いだ。

 

「あの事故は、オレのせいだって今でも思ってるから。でも、灯里は被害者にしないでほしいって言った。あれが、今でもオレのなかで引っかかってる……オレはなにか、間違ってんのか? 灯里を不幸せにしてるのか……?」


 言ったそばから、拙い日本語だと後悔した。

 自分がどれほど不安に思っているか、表せている気がしない。

 自分がどれほど灯里に償いたいと思っているのか、通じている気がしない。

 自分にとって灯里がどれほど大切な存在か、伝えられている気がしない。


 それでも、灯里は廊下をじっと見つめたまま口を開いた。


「私は、純がずっとどこかに行っちゃうような気がしてたよ……あの雪の日から……」


 中庭から、生徒たちの笑い声が響いてくる。

 灯里は薄紙の花で膨らんだ袋を手にしたまま、淡々と話し続けた。


「私が事故にあってから、純はすごく……いい子になったよね。他の子たちのために走って、時間を使って。それに、私と話すときはなんだか色々気遣うようになった」

「それは、その……オレと話したら、ツラいこととか怖かったこととか、思い出すんじゃないかって……」

「わかってたよ、全部」


 灯里は頷く。


「わかってた、私を思ってやってくれてるんだって。だからこそ、苦しかったの……純は私のためにやってくれてるのにワガママなんて言えない、私のせいで純の人生も狂わせてしまったのにこれ以上迷惑はかけられないって」


 赤裸々な言葉を続ける灯里に、オレは衝撃を受けてただ佇んでいた。

 灯里はツラい思いをしているものとばかり思っていた。

 オレを恨んでいるかもしれないとさえ思っていた。

 でも……加害者だと思っていたのは、オレだけじゃなかったんだ……


「でも、あのときから私は、ずっと寂しかった。大好きな純に距離を置かれるのはツラかった。私がどうあっても、昔のままでいてほしかった。私のことを私として見てほしかったし、一緒に遊んでほしかったし、話を聞いてほしかったし、してほしかった。私には純だけが必要だったのに、純だけが離れていくのが、怖くて仕方なかった」


 たどたどしく気持ちを話す様は、まるで小学六年の灯里が話しているかのようだった。

 あのときの灯里が、目の前にいる。

 本当は五年前に向き合わなければいけなかった相手が、目の前にいる。


「ごめんな、傍から離れて」


 口を開いたオレも、きっと小六のころのオレだった。


「今からでも間に合うなら、やり直したい。灯里のやりたいこと、やってほしかったこと、全部やりたい。いいかな……?」

「……なら、遊びに行きたい。二人で。昔みたいに」

「わかった。絶対行くぞ」


 約束するように力強く頷くと、灯里は初めて笑みを見せてくれた。

 それは久しく見ていなかった、彼女の無垢な微笑みだった。


 そのとき――

 

 ぐすっ、と鼻を啜る音がして、灯里とオレは二人して驚いた。

 

 音を立てたのはオレたちじゃない。

 としたら、一人しかいない。

 

 振り返ると、瑛一が目を真っ赤にして号泣していた。

 

 オレたちは驚愕する。

 出会ってこの方、瑛一が泣くところなんて、初めて見たのだ。


「なんでお前が泣いてんだよ!」

「だってぇ……」

「瑛一って、意外と泣くのね……」

「泣きますー! 意外で悪かったね! うぇぇん……」


 オレと灯里は顔を合わせて呆れると、よしよしと瑛一を宥める。

 秋の暮れの優しい日差しが、窓からオレたちのいる廊下を静かに照らしていた。

 


――――――――――――――――――


次回、いい人止まりが黒髪幼馴染と二人きりでデートします。

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