第27話 いい人止まり、北欧系ギャルとしゃせい大会する②


 というわけで、オレはついに部屋の掃除を始めた。

 鍵はきちんと閉めたが、またさっきのような危機が迫らないとも限らないからな。


 燐は、毛布を出てからこのかた、やけに暑そうにしていた。

 よく手で顔を仰ぎ、服の首元をパタパタして空気を入れている。

 部屋は寒いくらいなのに……本当に大丈夫だろうか?


 部屋には、捨てねばならぬゴミが大量にあった。

 空のペットボトル、空き缶、漫画雑誌、ダンボール……


 ふと気づく。


「燐さ」

「うん〜?」

「空き缶とか、いる……?」

「いる〜」


 ゴミが減った。

 リサイクルだ。


 よくよく考えたら、ゴミとは、燐が生活の糧にしているものの別名だった。

 ある意味、オレが捨てたものを拾って、この少女は生きているわけだ。


 今更だけど、コイツの生活レベル、底辺すぎるな……


 いつか必ず福祉につなげるぞという決意を再び心に誓いつつ、オレは片付けを進める。


 ゴミをまとめ、ゲームのコントローラーはあるべき場所に戻し、床に落ちている服を回収し、フローリングワイパーで床を拭く。


 瑛一に手伝ってもらったときは、物を整理しただけだったので、ここまでの掃除となると、大変久しぶりだった。いったい何日ぶりなのだろう。埃の量がすごい。

 一通り片付いたときには、燐が、


「こんなに広い部屋だったんだねェ〜」


 と心から感嘆していた。

 悪気のないセリフに心が痛む。


 オレは逃げるように、日常では気にも留めない部屋の隅、机と壁の間のデッドスペースへとワイパーを突っ込んでいく。

 すると、なにかに突っかかった。


「あ? なんだ……?」


 暗がりを覗き見る。

 進行を邪魔していたのは、数百枚ほどの紙をまとめた束だった。


 ビニール紐でしっかり束ねられた、厚み三十センチほどの紙束。

 それが三つ……

 

 オレは、それを引きずり出しながら、ようやく思い出した。

 

 あぁ、そうか。

 これは、瑛一と見つけた奇妙なドッキリ道具だ。


 水曜の資源ごみに出そうとして、結局また忘れて、しかも結構部屋のスペース取るのにムカついて、元の場所に押し戻したんだっけ。

 

 オレは、怖いもの見たさで再び紙の端をめくってみる。


――ょずくゐなゅぽりを忘れるな。


 そこにはやっぱり、記憶と同じ意味不明な文字列が書かれていた。

 めくってもめくっても、

 

――ょずくゐなゅぽりを忘れるな。

――ょずくゐなゅぽりを忘れるな。

――ょずくゐなゅぽりを忘れるな……


 執念を感じるその数。その筆跡。


 見直してみても、気味が悪い。


 結局、なんの紙だったんだろうな、これ?

 今のところ、誰も名乗り出てこないし……


「すごい量だね〜」

「うぉっ!」


 後ろを振り返ると、肩越しに燐が覗いていた。

 急に話しかけられて、心拍が跳ね上がっている。


「これ、全部こう書いてあるの〜?」

「あ、あぁ、そうらしい。キモいよな、ハハ……」

「そう? あーしは、頑張って書いてて偉いなぁって思うけど」

「お前、独特の着眼点だな……」

「こう見えて画家なんで〜? 同じ物いっぱい書くって、前衛芸術じゃよくあるかんね〜」


 眉を上げてみせる燐。

 夢にも思わなかった新解釈に、オレは腕を組んだ。


 芸術って線もあるのか……


 すると、急に燐がオレの背に乗っかってきて、オレの上から紙をめくり始めた。

 首元にずっしりとした柔肉の重みが乗せられる。


「忘れるな、だってさ。純くんはこの人のこと思い出せた系〜?」

「え、これ名前なのか……?」

「え……?」


 オレは、首を回して、肩越しに燐を見やる。


 燐の瞳には、困惑の色がありありと映っていた。

 ただし、オレはもっと困惑していた。


「オレには、読み方さえわからないんだが……」

「……」

「ちょ! 黙んのやめてくれよ! お、おふざけだよな! なぁ⁉」

「純くん……見えちゃいけないもの見えてるかも……」


 オレは、燐と目を合わせた。

 燐は、恐怖に染まった瞳をオレに向ける。


 そして、


「……プッ!」


 と、吹き出した。


「……あ?」

「イヒヒ! ごめんごめん。あんまり怖がってたから、からかいたくなっちゃってさ〜」


 燐が、ケラケラと笑い出す。

 オレはすべてを理解した。


「お前ぇ……」

「ごめんって〜。ところでさァ、絵の続きやってい〜い? 日が暮れる前に目処つけたいし」

「……次やったらタダじゃおかんからな」

「はぁ〜い!」


 オレはため息をつくと、ベッドへ移動する。

 燐の悪戯をやり過ごすのも、最近は慣れてきた。

 寮生が帰るまでに終わらせたいのは、オレも同じだしな。


 ただ――


 モデルとして再び燐のデッサンを受ける間も、オレはなぜか、床に置いたままのその紙束から、ずっと目が離せなかった。

 まるでそこから誰かの必死の叫びが聞こえるかのような、そんな感覚を覚えていた……



――――――――――――――――――


次回、いい人止まりが北欧系ギャルに告白されます。

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