第23話 いい人止まり、北欧系ギャルと服を買う


 駅前のロータリーを降り、そのまますぐ右に進むと、巨大ファストファッションブランドが鎮座しているのが見えてくる。

 ビル一棟がそのブランドになっている、いわゆる大型店ってやつだ。


 オレと灯里は、そんなおあつらえ向きの場所に、特に気負いもなく足を踏み入れる。

 オシャレに疎いオレでさえ慣れているような、至って庶民的な店だ。


 が、続いて店内に入った燐は、まるで家に迎えられた捨て猫みたいにオドオドしていた。

 オレのシャツの裾を掴んで、影に隠れるようについてくる。


「……色々見てくれば?」


 よかれと思ってオレが促すと、燐は下を向いてモジモジし始めた。


「まだちょっと恥ずかしいかなァ、な〜んて……」

「なんで……? あ、上下ウィンドブレーカーだからとかか?」

「いやその……あ、ホームレスがいる! ってバレないかなァって……」

「そんな奴いたらエスパーだろ」


 この日本に、十七歳の北欧系ホームレスなんて発想の持ち主はいねぇよ。


「大丈夫だ。風呂も入ったんだし、バレないって」

「ん……そ、そうだねェ……」

「自信持って行ってこい。早くしないと、諭吉連れ帰ることになるぞ」

「諭吉はやだなァ……行ってくる……」


 歯切れ悪く返事をして、彼女はようやくオレの裾を離す。

 その瞬間、わずかに寂しさを感じた。

 なんだか、巣立つ子供を見送る親の気持ちだ……オレ自体が巣立ってないけど。


「……あれ、灯里どこ行った?」


 フラフラと消えていく我が子を見送ってから、ふと振り返ると幼馴染の姿がない。


 人でごった返す店内を見渡してみると、灯里はオレから少し離れたところで、服を流し見ながら歩いていた。

 その背中には、集合したときのような不機嫌さが復活している。


 オレは怖々近づいていって、声をかけた。


「灯里、まだなにか怒ってんの?」

「……別に」

「今度はなにが気に入らないんだ?」

「別に」


 灯里は、興味があるんだかないんだか陳列された冬物コートを取ったり戻したりしながら、短く答える。

 まさに、とりつく島もないってやつだ。


 昔から、拗ねているときはいつもこうだった。

 ろくに話もしてくれなくなる。


「その『別に』ってのやめようぜ。ちゃんと言ってくれないとわかんねぇって。オレが悪いんだったら直すからさ」

「……純は悪くないよ」


 純は、ね……


「んだよ。じゃあ、燐か? いい子だったろ。ちょっとその……変わってるけど」

「……そうね。野外生活してるってのは本当なんだとは思った。意外と素直な子だとも思う」

「なら――」


 灯里は、服から視線を逸らさずため息をついた。


「……だから、機嫌悪いの」

「はぁ……?」


 ……ワケわからん。

 なんの話をしてるんだ、コイツは。


「純」

「……なんだよ」

「子供のころ、私達、結婚しようって約束したよね」

「あ、あぁ……幼稚園のころな……」


 また古い話を持ち出してきやがる。

 オレは眉をしかめていると、灯里は空色のカーディガンを手に取りながらあっさりと言った。


「もし私が、今も純と結婚したいって言ったら、結婚してくれる?」

「は……⁉」


 まるで「シフト代わって?」くらい軽いノリで出てきたそのセリフに、オレの息は止まった。


 当の灯里は、カーディガンの値札をひっくり返しながら、顔色ひとつ変えていない。

 聞き間違いだと思いたいくらいだ……


「急になにバカなこと……」

「たとえばよ。仮定で考えて」

「それはお前……」


 オレは口を開けてから、ためらう。

 今目の前にいる灯里が、結婚してと言ってきたら、オレはどういう思いになるか……

 真面目に考えたら、結論はひとつしかなかった


「それは……できない……」

「なんで」

「だって、オレはお前を一回殺しかけたんだ。結婚相手になる資格がまずない。オレも自分が許せない」

「言うと思った」


 灯里は自嘲気味に笑う。


「そのせいで横取りされちゃったら、私は一生笑い者ね……」

「横取り……? さっきからなんの話してんだよ」

「幼稚園からの人生設計が崩れかけててツラいわって話」


 そう言うと、彼女はなんの前触れもなく、初めてオレを見据えた。

 あまりに真剣で熱い視線が、オレをまっすぐに貫く。


「……どうしてこんなに近いのに、こんなに遠いんだろう」


 その言葉は、恐らくオレに言っているのではなかった。

 オレを通り越した、どこか遠くの虚空に向かって、独り言を言っているかのようだった。


 一緒にいる年数は長いのに、この幼馴染の言葉を、オレはいつも捉え損ねる。

 年齢を重ねれば重ねるほど、理解できないことが増えている気もする。


「あ、いた〜。純く〜ん」


 高い声が店の奥から飛んでくる。

 顔を上げると、通路の先から燐が小走りで駆け寄ってきていた。

 先ほどまでの居心地悪そうな感じは、どこへやら。

 明るい表情で、買い物かごには服が何着も引っ掛けられている。


「お、決まった?」

「純くんにどっちがいいか聞こうと思って」


 彼女がかごから衣服を取り出す。

 それは、予想していなかったほど、普通のおでかけ服だった。


 右に取り出したるは、チェック柄のトップスにワイドパンツの組み合わせ。

 左には、清楚な白のシャツと茶色のワンピース。


 どちらも秋っぽい組み合わせだ。


「純くんの好きなほう、買ってあげるよ〜?」


 隣でデカい舌打ちが聞こえたが、聞こえなかったことにする。


「……うぅん」


 正直、困惑した。


 オレに服選びのセンスはないが、問題はそこじゃなく。

 どっちも『女性らしい』服であることが、悩みの根っこだった。


 特にワンピースなんか、言及するまでもなく当然スカートであり、デザインも随分とフェミニンだ。

 彼女の住環境を思えば、危険な服とさえ言える。


 しかし、そんなことはオレに言われるまでもなく、丸一年ホームレスをしている燐は自覚しているはず。

 それをわざわざ訊ねてきたってことは……

 

 背中を押してほしい……ってことなのかもな。


「んー、ワンピースのほうかな」

「……! じゃあこっちにするねっ!」


 燐は、思っていたほうが選ばれたのが嬉しい、とでもいうように、弾けるように駆け去っていった。

 オレは思わず、その背中を目で追う。


「……やっぱり来るんじゃなかったかな」


 隣から聞こえた灯里の呟きが、オレの耳にやけに残った。



―― 第二章 黒髪幼馴染美少女よ、頼むから怒らないでくれ  了 ――



――――――――――――――――――

【大事なお願い】


ここまで読んでくださってありがとうございます……!


この作品は、カクヨムコン応募作品です。

受賞できるとは考えていません。

ただ、一度でいいので、読者選考というものだけは抜けてみたくって……


もし少しでも、面白かった! 続きが気になる! 楽しかった!

と思っていただけましたら、


ぜひ、下にある【星☆評価】でエールをください……


現時点の評価で構いません。

1つ押していただけるだけで大変ありがたいです。

入れて頂けたら【子孫安全運転】の舞を舞わせていただきます……

(読者選考は2/8までなので、それまでに何卒……!)


――――――――――――――――――


次回、北欧系ギャルと黒髪幼馴染がいい人止まりを取り合いします。

 

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