第22話 いい人止まり、北欧系ギャルと絵を売る④
三人一斉に、顔を上げる。
オレらの前には、毛皮のコートを着た、いかにも金持ちそうなゴージャス貴婦人が立っていた。
「これ、どなたが描いていらっしゃるの?」
「あっ。あーしです〜!」
絵を指し示す婦人に、手をあげて返事する燐。
「あなた、随分立派なものを描くのねぇ……」
婦人は感心したように呟くと、
「そうね……こちらの絵、頂けるかしら?」
飾られた絵をひとつ指さす。
それは、展示されたなかでも一番大きなサイズのものだった。
「ふぇっ⁉ あ、ありがとうございます! 八千円で〜す!」
燐が慌てて立ち上がって前に出る。
大きな絵が台から外され、紙袋に入れられた上で、御婦人……の後ろに待機していたスーツの男に手渡される。
その間、オレは思わず反対側に座る灯里と目を合わせてしまった。
う、売れたぞ……でっけぇのが……金持ちの婦人に……
結局、その金持ちっぽい女性は、
「やだアナタ! それは値付けが安すぎるわよぉ」
とか言いながら、ブランドの財布から何枚かの色をつけて、燐の作品を買っていった。
カ、カッケェ……
燐は初めての購入者を、手を振ってお見送りする。
そして、
「売れた〜! やったァ〜!」
と輝く笑顔で駆け戻り、オレに抱きついてきた。
「あ、ちょ……⁉」
灯里が声を上げる。
が、燐はそのままブルーシートを回り込むと、彼女にさえも強くハグをした。
邪気のない行動に、さすがの灯里もしぶしぶ応える。
今の燐は、全身から喜びを発散していた。
彼女がこんなに純粋に振る舞う様を、オレは感慨深く眺めてしまう。
燐がいかに笑顔でいようとも、ホームレス生活の最中は、どこかずっと命懸けの雰囲気が漂っていた。
しかし、絵のことになると別だ。
彼女はずっと無垢で、等身大の17歳だった。
◇
――一個売れると、波が来るのか。
その後も、燐の開いた小さな店は順調に売れ行きを伸ばし、店仕舞いする頃には、纏まった収入が生まれていた。
「良かったな、燐。たくさん売れて」
「うん……」
答えた燐は、思いの外浮かない様子だ。
てっきり、大喜びするかと思っていたんだが……
「なんでそんな元気ないんだ……?」
「いや、だって……怖いじゃん、こんな大金……」
そう言いながら、膨らんだ財布を覗いて、緊張した面持ち。
そんなに売れたっけと思いながらオレも覗き込むと、実際入っているのはやっぱり数万ちょいだった。
「そんな怖がるほどの金額でもなくない?」
灯里がオレの気持ちを代弁する。
すると燐は、これだから一般人は……とばかりに首を振った。
「いやいや、こんなにあったらじゅ〜ぶん警戒しないと。現金なんて、ホームレスのトラブル原因ナンバーワンなんだからね」
「そ、そうなの……」
「特に諭吉なんてトラブルメーカーだよ〜」
「諭吉が……」
明治の大先生にトラブルメーカーなんて言うな。
燐は、なおも熱く語っていく。
「カツアゲされるだけならまだしも、身ぐるみ剥がされて病院送りなんてこともあるし。とにかく路上で生きてくなら、現金は油断しちゃいけないんだよ〜」
「大変なのね」
「油断ゲンキンってか?」
オレの一言に、二人が一瞬硬直する。
「なら、銀行に貯金すれば?」
灯里が何事もなかったように続けた。
「未成年ホームレスが口座持ってると思う〜?」
「あぁ、そっか……意外と難しいのね……」
「油断ゲンキンってか?」
「自宅に置くわけにもいかないし……ふむ……」
「は〜あ、どうしようかなァ、このお金……」
これを言っている限り、オレはどうやら徹底して無視されるらしい。
甘んじてスベったことを認め、オレは唯一の答えを口にした。
「ならもう、パーッと散財するしかないだろ」
「パーッと……?」
燐が顔を上げる。
「おう。欲しいもの買えばいいだろ。なんかないのか?」
「欲しいもの……」
燐は、まるでオウムみたいに言葉を繰り返すと、
「……服、かなァ」
ポツリと呟いた。
「服か」
「あーし着てるのっていつもウィンドブレーカーとかジャージとかだからさ。別のもっと普通のがほしい……かも?」
「なぜ疑問形」
「わ、わかんない……今までギリギリで生きてきたから、なにが欲しいのか思いつかなくて……自分でもビックリ……」
そう言う彼女は、言葉通り弱々しくて、まるでおねだりの仕方を知らずに育った子供みたいだった。
今日の燐はなんだか、守ってやりたくなるな……
「うし。なら、服買いに行こうぜ!」
オレは、燐を励ますように努めて明るくしながら、率先して繁華街の方向へ進み始めた。
――――――――――――――――――
本日、もう1話投稿します。(※20時過ぎ)
次回、いい人止まりが黒髪幼馴染に迫られます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます