第21話 いい人止まり、北欧系ギャルと絵を売る③


 姫の発作をなんとか鎮めたオレたちは、その足で公園から最寄りの駅に向かった。

 

 オレは前回の約束通り燐の荷物を持ち、ついでになぜか灯里の荷物も持たされている。

 まるで、全員のランドセルを押しつけられるいじめられっ子みたいだ……

 かわいそう、オレ……


 それにしても。


 燐のボストンバッグは、予想以上に重かった。受け取った際に思わずよろけてしまうほどだ。


 燐は、


「額縁とか立てるやつとか、いっぱい入ってるからね〜」


 なんて、あっさりと笑っていたが……


 細身の女子が、楽々持ち上げられる重さとは、到底思えなかった。

 これを、今までひとりで運んでいたのかと思うと……その健気さに、なんだか泣けてくる。



   ◇



 日曜の空いた電車に横並びに座ったとき、オレはようやく気づいた。


「つか、今日は臭くないな」


 当然、燐に対してである。

 オレの右横に座った燐は、誇らしげにでかい胸を張った。


「昨日、ネカフェ行ってきたからね〜。シャンプーの匂いする? どう?」


 頭ごと髪を押し付けられてくる。

 確かに、いつもの異臭は感じないが、オレは左隣から届く灯里の殺意に怯えて、それどころではない。


「に、匂いはとにかく、風呂入る気になってくれてよかったわ」

「今日は特別だよ。だって、デートだもん」

「はぁ、デート⁉ 邪魔して悪かったですね⁉」


 冷めかけていたほどぼりが再燃しかけた。

 灯里が吠える。


「ていうかアンタ、お風呂くらい毎日入りなさいよ!」

「え〜? 純くんがまた貸してくれたら、入ってもいいけど……」

「貸す……? お風呂を……?」

「うん〜。実はこの前、純くんが寮のシャワー貸してくれたんだ〜。きもちよかった〜」

「ちょ、燐……!」


 制止するも、もう手遅れだった。


「貸すって……だ、男子寮でしょコイツ!」

「だから、純くんが隠してくれたの〜。本当に優しいよね〜好き〜」


 灯里の白い顔がパッと色づく。


「は……はぁ? シャワーがなによ! 私なんて、小六まで純と一緒にお風呂入ってたんだから!」

「うおぉーっ⁉︎ ちょ、灯里! その話はやめてくれ!」


 オレは焦った。

 女子って、なんでそんな話を人前でするんだ……意味がわからない……

 

 前の座席に座るおばさまが、信じられないという目でオレたちを凝視している。

 いたたまれなくなったオレは、言い合いする二人に挟まれたまま、ただ一心に祈ることにした。


 早く……一刻も早く最寄り駅についてくれ……



   ◇



 そんなオレの願いは、聞き届けられるはずもなく……

 きっちり時間通りの地獄旅を経て、オレたちは目的の駅へと辿り着いた。

 

 そこは、この街一番のターミナル駅だった。

 駅前は、ロータリーの上に歩行者用デッキが取り付けられていて、いかにも郊外の乗換駅というスタイルだ。

 燐は、デッキの適当なところに目星をつけると、そこにブルーシートを広げ、大小さまざまな絵を展示し始めた。


 デッキ上を見渡すと、ところどころに、アクセサリーや小道具を売る人たちがポツポツ見かけられる。

 許可があるのかは知らないが、少なくとも珍しい行為ではないようだ。


 オレたちは販売を開始した。


 日曜の午後。

 街は、活気があり、往来も激しい。


 オレは、この人波ならすぐに売れるだろうと予想する。


 が……


 販売開始から一時間。

 燐の絵を買ってくれる人は、一時間経っても現れなかった。


 たまに立ち止まってくれる人たちもいたが、目が合うと逃げてしまう。

 こんなに人間はいるのに……なんか心にクるな……


 オレが勝手に気を滅入らせているなか、当事者の燐のほうはというと、暇つぶしのように駅前の風景をスケッチブックに描き取っていた。


 余裕だなぁ……

 これが慣れってやつなのか?


「あんまり見てもらえないもんなんだな……」


 オレがついぼやくと、燐が意外そうに目を上げた。


「えっ、今日はすごいよ? いつもの数倍止まってくれてるもん」

「そ、そうなのか……」

「うん〜」


 ってことは、いつもはもっと寂しい感じで売ってるのか。

 ますます不憫になってきた……


「時間帯も曜日も一緒なんだけどな〜。なんでだろ」

「私たちがいるからじゃない?」


 燐の独り言に、灯里が肩をすくめて答えた。

 ようやく発作は収まったようで、普段のクールさを取り戻している。


「未成年がひとりならまだしも、三人で路上販売してるんだから。多少は気になるでしょ」

「あ〜、そっか〜! じゃあ、二人のおかげだね!」


 ありがと〜、と感謝する燐の横で、オレは密かに複雑な顔をする。

 灯里の出した答えが、半分しか合っていないと知っていたからだ。


 本当の正解は、美人が二人並んでいるから。これしかない。


 ひとりはクール系スレンダー美少女。

 ひとりはキュート系グラマー美少女。


 若い男やサラリーマンたちたちが、チラチラ二人の外見を測って、そんな二人の脇にいるオレには、


「できるだけ苦しい病気で死ね……」


 みたいな眼差しが送られているのを、実は売り始めたときからずっと感じていた。


 燐一人なら、まだその小汚さで隠せていたものが、ザ・美少女であり清潔感のある灯里が隣でしっかり人目を集めているせいで、相乗効果で美人バレしているわけだ。


 だから、今のオレの状況は、男からしたら相当うざったい両手に花野郎なのだろう。

 ちょっと優越感あるな……マウント取っとくか……


「ちょっとよろしいかしら?」


 オレの邪な思考を裂くように入り込んできたのは、大人の女性の声だった。



――――――――――――――――――


次回、いい人泊まりが北欧系ギャルに抱きつかれます。

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