第20話 いい人止まり、北欧系ギャルと絵を売る②


 灯里が、オレの真横でジッと燐を睨んでいた。

 無言から放たれる圧に、オレは思わず身を竦める。


 しかし……


「あ、初めまして〜! 田村燐でェ〜す! ウェーイ!」


 燐は、余裕綽々だった。

 ギャルピースまでしてやがる。

 

 灯里がやって来ることは、燐にも事前に共有済みだ。

 とはいえ、灯里の眼光に屈しないものなんて、そう多くはない。


 さすが路上生活者。

 メンタルのタフさが常人のそれではない。


「アナタが白鹿さん〜?」

「えぇ。どうも」

「えっちさんとは、どういうご関係なの〜?」

「……えっちさん?」

「純くんのことォ」

「えっちさん????」


 灯里が、険しすぎる表情でオレのほうを向いた。


 いやなにもしてない――と弁明したいところだったが、否定しきれない場面が頭をいくつもよぎる。


 灯里は、気まずく俯くオレをたっぷりの時間をかけて睨んでから、ぶっきらぼうに答えた。


「……幼馴染だけど」

「あ、そうなんだァ。ふ〜ん? キレイな人ですねェ〜?」


 燐の言葉に、灯里の眉間に皺が寄る。


「アナタたちこそ、どういう関係なの」

「それはァ……」


 燐は、オレに意味深な視線を飛ばして、


「そういう関係〜?」

「そういうイジリやめてくれる⁉︎ 別になんもないから‼」


 オレは灯里に向かって必死に否定するも、彼女から向けられる視線は一向に和らがない。


 ていうか、さっきから二人の間に走ってるこの緊張感は、なに……⁉

 なんでこの二人、初対面でこんなにバチバチしてんの?


 二人の間で、まるでトラとライオンに挟まれたように怯えるオレ。


 そんな哀しき生き物は歯牙にもかけず、灯里は燐を値踏みするように上下に眺めた。


「アナタ、家出中なんだって?」

「家出ではないよ〜。どちらかと言うと、家出されかなァ〜」

「勘当ってことね。ま、どっちでもいいんだけど。本当にホームレスなの」

「そうだよ〜?」

「ふぅん……」


 灯里は疑わしげに目を細めると、おもむろに燐の背後へ回り込み始める。


 不思議そうに見守る燐とオレ……


 すると、灯里は唐突に、燐のウィンドブレーカーの生地に手を巻きつけて、体のラインをクッキリ浮き出させた。


「ふぇっ⁉」


 突然のセクハラにうろたえる燐と、突然目の前に現れた双丘にうろたえるオレ。

 灯里は、燐の肩越しにその双子山を覗き込むと、怒りの咆哮を上げた。


「こんなおっぱいおっきい子が、ホームレスな訳ないじゃない――ッ‼‼」


 まずい……! 心配していたことが起きてしまった。

 オレは慌てて制止に入った。


「姫、お気を確かに……! ここは公共の場でござる!」

「こんな乳デカホームレス、いるワケないじゃない! フィクションの存在じゃない!」

「大きさと境遇は無関係でござる! そういうことも確率的にゼロとは言えないでござる!」

「無理があるじゃない! 都合良すぎるじゃない! 不公平じゃない!」


 姫はオレの手をほどいて暴れ回る。

 

 ダメだ、発作が止まらない……

 彼女は中学辺りから、でっかいおっぱいを見ると、発狂してしまう病にかかってしまったのだ!


 灯里姫ご乱心の最中、


「や〜ん♡ おっきくてごめんなさ〜い♡」


 燐が謝罪で煽る高難度技をキメて、灯里のこめかみに立派な青筋を立たせてしまった。

 このままでは、灯里の脳が破壊されてしまう――ッ。


「は、早く絵売りに行こう! 明るいうちにやらないとなんだから。な?」


 オレは間に割って入りながら、この場を無理やり流す。

 引き離されても、灯里は威嚇する猫みたいにカリカリしていて、燐は余裕の表情で勝ち誇っていた。


 もう、自分の髪型なんか気にする余裕もなくなったわ……



――――――――――――――――――


次回、いい人止まりが北欧ギャルと黒髪幼馴染に挟まれます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る