第18話 いい人止まり、幼馴染との過去を語る③
「えっ⁉」
今まで息を詰めて話を聞いていた瑛一が、ついに声を漏らした。
「飛び降りたってこと⁉」
オレはただ頷く。
「あぁ。ベランダからな。んで、アイツは駐車場に停まってたトラックの天井にぶつかって、そこから地面に落ちた。雪が赤く染まってくのは、今でもハッキリ思い出せるよ……」
「それ、だ、大丈夫だったの? いや、大丈夫なのは知ってるんだけどその……」
瑛一の言わんとすることに、オレは答える。
「あぁ、命には関わらなかったよ。それなりの大怪我だったけどな」
「そっか……」
「トラックの上に最初に落ちたのがよかったんだ。それに、雪がクッションになってくれた」
オレは、当時医者がしていた話を頭で繰り返しながら続ける。
「アイツは、偶然あの日飛んだから助かったんだ。いつもなら、直接コンクリの地面だった。他の日だったら、まず間違いなく、アイツは死んでた」
「……どうして、灯里は飛んだの」
恐る恐る尋ねる瑛一に、オレは肩をすくめてみせた。
「幻覚を見たんだと」
「幻覚……」
「起きたときにアイツが自分で言ったんだ。小さいなにかがいたから手を伸ばしただけ、ってな。インフルによるせん妄だって医者は言ってた。そういう事故、たまにニュースでやるだろ」
「あぁ……そうだね……子供が落ちちゃったりする……」
瑛一は俯く。
「でも……それが純が自分を加害者だって言う理由……?」
「オレが灯里の電話を無視しなければ、あんなことにはならなかった」
即答するオレに、瑛一は渋い顔をした。
「そんな……」
「灯里が落ちたときの光景が、今も消えないんだよ。たまに、灯里がオレの前で笑ってるのが夢みたいに思えることもある。多分、オレのなかでアイツは一回死んでるんだよ。だから、オレはもう自分のせいで誰かを苦しめたり死なせたりしたくない……それは、灯里をもう一度殺すことだから……もう理屈なんかじゃないんだ……」
オレは瑛一に向けて苦々しい顔をしてみせる。
そんなオレをじっと見つめていた瑛一は、しばらくして、ふう、とひとつ息を漏らした。
そして、
「……辛気くせー!」
突然立ち上がると、勢いのまま、窓を思い切り開け放つ。
涼しい秋の夜風が吹き込んできた。
「辛気臭すぎるよ、純! 辛気臭い! 臭すぎる!」
「臭いとか言うな」
「いーや、言うよ。なんなら部屋も臭いね! なにもかもが臭い! あー、くっさ‼」
あまりの勢いに引いてるオレを差し置いて、瑛一は部屋をズンズン横切り、窓や扉を次々に開放していく。
「ほら、今から掃除するよ! 純!」
彼は呆気にとられるオレを真下に見下ろしながら言った。
「な、なんだよ急に……」
「こんなごちゃごちゃした場所で生きてるから、ごちゃごちゃ考えるんだよ。部屋の姿は心の姿! はい、早く立つ!」
「えぇ……」
瑛一の勢いに押され、オレは立ち上がる他ない。
就寝時間も近いこの時間に、謎の片付けパーティーが始まってしまった。
「……加害者かどうかは純の思い次第だけどさ」
顔を上げる。
瑛一はゴミ袋を片手に、オレを真剣な眼差しで言った。
「自分は被害者だと思ってないのにずっとそんな扱いされるのは、ツラいんじゃないかな」
「……」
「もっと、ちゃんと灯里を見てあげてよ。ずっと待ってるんだよ、純のこと」
「……わかった」
オレの返事を聞いて、瑛一は満足げに作業に戻る。
申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
オレ、灯里にも、瑛一にも、迷惑をかけているな……
しっかりしないと……
「しっかし溜め込んだねぇ。こんなに物だらけでよく……ん? なんだこれ」
瑛一はオレの学習机と壁との間を覗き込んでいた。
隙間に手を入れて引っ張り出すと、数百枚ほどの紙の束が出てくる。
厚みにして三十センチほどにもなりそうなのが、なんと三つもあった。
「純、これなに」
「いや、知らん……」
「知らんってなにさ」
それは埃まみれだったが、ビニール紐でしっかり束ねられており、資源ごみに出そうとした形跡は伺えた。
紙はすべてノートのページを破いたものか、ルーズリーフらしい。
だが、オレがそんなゴミを置いた記憶は、一切なかった。
なんの紙だ、これ?
いつまとめた?
瑛一がかがみ込んで、紙を一枚めくる。
すると、黒字のメッセージが現れた。
――ょずくゐなゅぽりを忘れるな。
「んだ、この読めない文字は……」
「純、覚えないの?」
「ない……こわ、なんだこれ……」
瑛一は一束の紐をほどき、埃を払って一枚ずつバラし始めた。
掃除して空いたスペースに、一枚一枚広げられるメッセージ。
そこに広がったのは、ゾッとする光景だった。
――ょずくゐなゅぽりを忘れるな。
――ょずくゐなゅぽりを忘れるな。
――ょずくゐなゅぽりを忘れるな。
――ょずくゐなゅぽりを忘れるな。
――ょずくゐなゅぽりを忘れるな。
――ょずくゐなゅぽりを忘れるな。
――ょずくゐなゅぽりを忘れるな。
――ょずくゐなゅぽりを忘れるな。
――ょずくゐなゅぽりを忘れるな。
――ょずくゐなゅぽりを忘れるな。
――ょずくゐなゅぽりを忘れるな。
――ょずくゐなゅぽりを忘れるな。
――ょずくゐなゅぽりを忘れるな。
――ょずくゐなゅぽりを忘れるな。
――ょずくゐなゅぽりを忘れるな。
焦って書き殴ったかのように、字体は酷く崩れている。大きさもまちまちだ。
しかし、文句だけは明確に同じものだった。
下のほうにある紙を引っ張り出そうが、束自体を変えようが、文字列は変わらない。
めくっても、めくっても、めくっても、めくっても……
――ょずくゐなゅぽりを忘れるな。
どうやら、恐らく数百枚のすべてに書き込まれているようだった。
……気味が悪い。
「なんで、オレの部屋にこんなもんがあるんだ……?」
「純、もしかして僕にドッキリ仕掛けてる?」
「オレに言わせてくれよ、そのセリフ……」
「寮生の仕業かなぁ……」
瑛一が頭をひねり出す。
実際、オレら寮生はカギかけるのを忘れることもよくあるので、他の生徒の部屋に入り込むのは簡単だ。
ドッキリも横行している。
ただ、この紙束に関しては、悪ふざけにしては手が込みすぎているし、なにより笑えなかった。
寮生のドッキリなら、もっと単純でバカバカしいものにするはずだ。
こんなに解釈の余地があるものには、まずならない。
しかも、瑛一が見つけたときには埃まみれだったのだから、結構な期間隠されていたことになる。
なら、なにか?
ストーカー的なヤツか?
まさか……そんな心当たりはない……
非モテには、一番あり得ない可能性だ。
「まぁ、いいよ。オレが後で捨てとく」
瑛一の肩を叩いて伝える。
たとえこれが高度な悪ふざけだったとしても、埃を被っていたんじゃ、仕掛け人側も忘れているだろう。
「あ、そう……資源ゴミは水曜日だからね。忘れないように」
「あいよ」
立ち上がった瑛一に続いて、オレも腰を上げる。
彼のおかげで、オレの部屋はずっと清潔感が出るようになっていた。
おかげさまで、部屋には足の踏み場ができたし。
空気も気持ちも、先程よりはずっと軽い。
「んじゃ、おやすみ〜」
「あー、瑛一」
「ん〜?」
「その……助かったわ」
オレの言葉に、彼はちょっと眉を上げて、なんでもないというふうに首を傾げた。
「ならよかった。また明日」
「おう、また明日」
オレは彼が出ていくのを見届けて、ベッドに寝転んだ。
寝返りを打って、じっと考え事をする。
雪の日の惨劇は、未だに瞼の裏に焼き付いて、消えてはくれな。
でも、今日ばかりは、そのトラウマを夢に見ることはなさそうだった。
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次回から、銀髪と黒髪に挟まれてハッピーデート回です‼️
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