第5話 だから私は…

 私は幼い頃から優秀であったと同時に期待されていた。

 

 中々子供ができなかった両親の間に生まれた時は、大層喜んでいたと母方のお祖母ちゃんから聞いた。


 少し努力をすれば、テストで百点を取ることができた。


 私は他の人よりどうやら優れているみたいで。他の者達よりも早く何事も理解し、それを行動に移せる人間だった。


「蒼依はやっぱり私たちの娘だな。将来は医者になれる。いやもっと大きな存在になれるはずだ」

「そうね、そうに違いないわ。だって私たちの娘だもの」


 父さんと母さんがそう笑顔で言った。


 幼い頃の私はその笑顔が見たくて努力をしていった。算数のテストで百点を取る。国語のテストで百点を取る。体育で優秀な成績を収める。


 そのたびに両親が笑って私の頭を撫でた。


 正直、その時の私は調子に乗っていたと言ってもいいかもしれない。幼い私は自分が優秀なんだということを素直に受け取って他の生徒とは違うんだとそう思っていた。


 


 だが.......


「どうした?蒼依。調子が悪かったのか?体調が悪かったのなら無理をするな」

「そうよ」


 私が80点の算数のテストを持って帰ったときにそう心配したような様子で言った両親の言葉が今でも私の頭の中で渦巻いている。


 そのテストは他の生徒はかなり低い点数を取っていて、私はクラスで一番の成績を収めていた。そのはずなのにこんな顔をさせてしまった。


 両親からしてみればただ娘を心配していただけのことかもしれない。だが、私はこんな点数なんて取ってはいけないんだと、私が優秀じゃなければお父さんとお母さんは悲しむんだとその時大きく印象付けられた。


 私は焦った。そしてもう二度とこんな風に悲しませてはいけないと強く思うようになってしまった。


 今思えば、これが始まりだったのかもしれない。


 それから


「やっぱり、蒼依は天才なんだ。将来が楽しみで仕方ないな」

「そうね。蒼依、この調子で頑張ってね。流石私達の娘だわ」


「蒼依はやっぱりすごい子なんだよ。将来は安泰だな。私たちの娘は優秀なんだ」

「そうね。蒼依はずっといい子でいてね」


「蒼依さんはやっぱりすごいですね。先生としても誇り高いですよ」


「蒼依ちゃんってすごいね。私じゃ全然そんな点数取れないよ。やっぱり蒼依ちゃんって天才なんだね。蒼依ちゃんは凄いなぁ」


「蒼依は凄いな。勉強もできて陸上でもこれだけの成績を残せるなんて。顧問としても鼻が高いぞ」


「蒼依が蒼依で良かった」

「蒼依はやっぱり自慢の娘よ」


 両親の言葉が嬉しかったはずなのにいつの間にか錘に代わっていた。


 私はただ、ほんの少しだけ他の者より優れていたっていうだけで、天才なんかじゃなかった。年を重ねるにつれて努力をしなければいけない量が増えて行った。

 

 両親から失望されないため、周りから失望されないため、悲しませないため。


 錘は呪詛へと変化し、私を苛んでいく。だけれど、この呪詛からは逃げられない。私はそのたびに血反吐を吐くような努力をして、周りからの期待に応え続けた。


 心はいつしか冷え込んで。ガタガタで錆びついた歯車に何とかオイルを注射して。無理やりにでも動き続ける。


 だが、いつの日だっただろうか。


 私の心は壊れてしまった。ボロボロと崩壊した私に残ったものはただ、自由になりたいという気持ちだけだった。


 青い空へと身を投げ出して、あの鳥のように空を飛びたかった。


 だから私は、今日。


 あの場所で自殺しようと思った。

 


 

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