第17話 逃避行


「ぜぇ……ぜぇ……。もうこれで大丈夫……」


「古椎。これ、水」


「ありがとうございます……」


 俺は息苦しさで顔を歪ませて地面に倒れこむ古椎に、葉っぱで作った即席のコップに、近くで流れていた奇麗な川から汲んだ水を差しだした。


 古椎の爆走によってゼリア王国からの追手をまいた俺たちは今、城の近くにある森の中にいる。森の中に居れば、見つかりにくいだろうと考えたのだ。


 本来なら、照明になるものを持っていない俺たちにとって、夜の森の中は暗くてまともに歩けないだろうが、今宵の月は満月。月明かりが下手な照明よりも強く、森の中を照らしていた。


「先輩が小さくてよかったですよ。おかげで運びやすかったです。ちょうど私の腕に収まる、いいサイズでした」


「……うるさい」


「褒めてるんですよ?」


 こいつはこんな極限状態なのに俺のことを煽ってくる。

 

 後輩の女子にお殿様抱っこをされた、なんてことはもう思い出したくないが、実際そのおかげであの窮地を脱することができたのは事実。その功績には感謝しなくてはならない。


 俺は感謝を伝えるべく、古椎の目を見て言った。人に感謝の言葉を伝えるなんて久しぶりだな……。


「助かったよ、古椎ありがとう」


「……はい! 先輩のために頑張りました!」


 俺の言葉を聞いた古椎は、とびっきりの笑顔を見せてくれた。


 悔しいがめちゃめちゃ可愛い。こんな生意気な後輩のことなんて好きでも何でもないが、コイツの顔の良さだけは認める。


 グルルルルル!


 その時、誰か腹の音が静寂な森の中に響いた。


 誰によるものかは明白である。まず、俺のではない。ということは、この腹の音は古椎の……。


「私じゃないです!!」


 古椎が顔を真っ赤にして抗議した。まだ何も言ってないだろうが。


 女子って、お腹の音を聞かれるのがそんなに嫌なのだろうか。おならでもあるまいし。


 しかし、ユニークスキル【逆境】の力を借りていたとはいえ、あんな長距離を俺を抱えたまま、休みもなしに走り続けていたら、そりゃお腹も空くに決まっている。


 俺たちは、城で夕食をいただいていないのだ。その前にそこから逃げてきてしまったのだから。


「そんじゃぁ、夕飯にするか」


「夕飯……? ごはん屋さんに行くってことですか? 私たち、お金を持ってないですよ?」


「いや、作る。ここで」


「……?」


 サバイバルの知識はある程度ある。日本にいるときはオタクだったのだ。伊達にネットサーフィンばっかりしていたわけではない。


 俺は、持っている剣をナイフ代わりにして、森の木を切って薪を作る。それを格子状に組み立てる。今度は麻ひものような植物をほぐして地面に置き、石に剣を叩きつけて、その火花で麻ひもを燃やして火種を作り、格子状に組み立てていた薪に引火させる。


 これで、焚火の完成だ。


「……あったかーい」


 古椎は、焚火に手をかざしながら声を漏らした。


 そんな古椎を尻目に、俺は作業を進める。次に、木の枝を折り、その先に麻ひもを括り付ける。さらに、そこら辺にいた虫を捕まえて木の枝と反対方向に麻に括り付けた。簡易的な釣り具の完成である。


 その釣り具をもって、さっき水を汲んだ川に垂らす。ほどなくして、枝が引っ張られる感覚がして、思いっきり釣り具を引き上げると、ちょうどいい大きさの魚が食いついていた。


 釣りは初めてやったが、意外にも俺には釣りの才能が有るらしい。


 2匹の魚を釣り上げると、それを剣で捌いて内臓を取り出す。その後、木の枝に差し、焚火で焼いた。そして、一つの焼き魚を古椎に差し出した。


「先輩って、意外に頼りになるんですね」


「意外にとは失礼な。いついかなる時も、頼りがいのあるナイスガイだろ」


「……もう一回、お姫様抱っこしてあげましょうか?」


「……ごめん、もうやめてくれ」


 わかったから、かの黒歴史をもう掘り起こさないで欲しい。


 作った焼き魚は塩っけがなく、おいしいとは言えない代物だったが、空腹をしのぐのにはちょうど良かった。魚一匹だけど、十分満腹に……。


 グルルルルル!


 またしても、古椎の腹の音が静寂な森の中に響いた。。


「……食いしん坊なんだな」


「先輩が少食なだけですー! そんな小食だから身体も小さいままなんじゃないですかー?」


「じゃぁ自分で釣って来いよ」


「いいですよ! 10匹釣ってきます! 先輩にはこれっぽっちも分けてあげませんからね!!」

 

 そう言って古椎は、俺が作った釣り具を持っていくと、先ほどの川で釣りをし始めた。釣りはそんな簡単じゃない。そんな10匹も魚が釣れるわけがな……。


「釣れました」


「嘘……、だろ……?」


 古椎は宣言通り、本当に10匹も釣ってきた。あの手作りの釣り具で。


 10匹の魚を釣って得意げにしている古椎はムカつくが、やっぱりすごいと思う。


 分けてくれないということだったが、大漁で気分を良くしたのか、一匹だけ分けてくれた。まぁ、魚の内臓を捌いたのは俺なんだが。


 さらに凄いことには、俺が一匹もらったと言え、古椎が釣った魚10匹、全部を平らげたことだ。


 ……いくら何でも食いしん坊すぎやしないだろうか。そりゃ、体も大きくなるわけだ。


「先輩、今後どうしますか?」


 大量の魚を腹に収めた古椎が、俺に問いかける。


 まずは今後の方針を立てたい。このまま森の中でずっと過ごすわけにもいかないのだ。 


「まずは、そうだな。王国城からできるだけ遠いところに行こう。追手が来るかもしれないからな。まだ歩けるか?」


「なめないでください。私、これでも体力ある方ですよ。先輩の方こそ、大丈夫ですか?」


 そう言って胸を張る古椎。確かに、女性にしてはかなり体力があるとは思うが、未だ15歳の女子高生だ。空元気も入っているかもしれない。


 ガササッ


「誰だ!」


 背後の草陰から物音がした。すぐさま立ち上がり、音がした方向を振り向き、誰何する。


 月明かりが明るいとはいえ、夜の森の中なのではっきり見えるわけではない。


 もしかしたら、ゼリア王国の追手が来たのかもしれない。いくら何でもゆっくりしすぎたか。


 そう思い、古椎と逃げる準備のアイコンタクトする。古椎も、俺の意図を察したようで、直ちに立ち上がった。


 しばらく、草陰の方を見やると、草が動いた。


 何かが来る。そう思って俺は剣を構える。


 そこには、目を赤く光らせた一匹のウサギが居た。


 





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