第16話 軍団長クワール 

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軍団長クワール視点

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「逃げられてしまったか……」


 ユイナ・コシイとギン・スズハラが逃げた先を見ながら、俺はそうつぶやいた。


 彼らは異世界人。魔王領に面していながらも、一騎当千の戦力 ”勇者” を保有していないここゼリア王国が、一発逆転をかけて復活させた、失われた古代魔法〈異世界人召喚の儀〉で召喚された人々。


 年端も行かない少年少女だとは思いもよらなかったが、彼らはおしなべて強いユニークスキルを保持していた。


 レベル、ステータスが強さに直結するこの世界で、強いユニークスキルというのはレベリング、ステータス上昇に有利に働く。


 そのため、強いユニークスキルを所持している人は重宝される。ユニークスキルとは文字通り、その人固有のスキル。奪われたり、奪ったりすることができないその人のアイデンティティーなのだ。


 ゼリア王国の目論見通り、彼らは ”勇者” になりうるスペックを持っている。


 そのため、軍団長である俺に、彼らを鍛錬し、 ”勇者” へと育て上げる任務が与えられたのだ。


 俺は、自分で言うのは気恥ずかしいが、ここゼリア王国で最高の戦力である。


 もともとはそうではなかったのだが、魔王復活の際に起きた魔王領とゼリア王国の国境で発生した戦争で、数多くの実力者がなくなったのだ。


 一国での最高戦力にしては、俺のステータスは弱いと言わざる負えないが、レベル1の白魔術師の少女に置いて行かれるほどだとは思いもよらなかった。


「異世界人……。やはりすさまじい力を有しているようだ」


 この結果を見るに、ゼリア王国の異世界人の召喚による ”勇者” の育成は成功しそうに思う。


 意思にかかわらず強制的に異世界人を召喚するという、人道に反した戦略ではあったが、魔王領の目と鼻の先にあり、いつ滅亡してもおかしくないゼリア王国の存続のためには致し方ないことだったのかもしれない。


 ゼリア王国のために、必ず彼らを ”勇者” に育て上げなくては……。


「何事か、クワール」


 考え事をしていると、後ろからゼリア王が話しかけてきた。俺は直ちに膝をつき、顔を下に向け、神妙な態度で報告する。


「王よ。誠に申し訳ありません。異世界人のユイナ・コシイ及びギン・スズハラの二名が、レンヤ・トヨシマを襲撃したのち、ここ王城から逃走いたしました」


「なんだと!? 彼らは大事な ”勇者” 候補だぞ! すぐさま追え、クワール!!」


「はい。5名の斥候を派遣し、行方を追っています」


「5人!? たった5人か!? なぜそんなに少ないんだ!? 全兵力を上げて二人を追え!! 彼らを絶対に逃がすな!!」


 俺の報告を受けて取り乱した様子のゼリア王が、唾を飛ばしながら俺に命令する。

 

「僭越ながら、王よ。私に意見をさせてください」


「……許す。クワール、意見を述べよ」


 俺の真剣な声を聞き入れた王は、先ほどの様子が嘘のように落ち着きを取り戻した。ゼリア王は名君とはいえないが、暗君でもない。部下の助言は素直に聞き入れる寛大な王である。


「ユイナ・コシイ及びギン・スズハラはいずれ、ここに戻ってくると思われます」


「……どうしてそう思う?」


「彼らは異世界人とはいえ、もとはと言えば学生の身。職業の訓練もしていなければ、この世界の常識も知りません。この社会で生き抜くには金が必要です。そんな彼らが金を稼いで生活することができますでしょうか。ここ、王国城では衣食住が保証されています」


「……彼らは、同僚を襲撃するという罪を犯しているが、それでも衣食住を求めてここに帰還すると」


「はい。私にも経験がありますが、衣食住が担保されていない生活は苦しいものです。それも、異世界でのうのうと生活してきた彼らのような未熟者にはつらく、耐えがたいものでしょう」


 聞くところによると、彼らのいた日本という国は、戦争のない平和な場所だったらしい。泥水をすするような苦労を彼らが経験していたとは思えないし、そのような苦境を耐えられるとも思えない。


「彼らがここを出ることで、苦しい境遇に立たされるのはわかった。しかし、我らからの断罪を恐れて、王国城に近寄らないのではないか?」


「……それでは王よ、彼らが帰還した際、彼らに重罰を下しますか?」


 私がそう質問すると、王は顎に手を当てながら考える。そしてゆっくりと口を開いた。


「……下さないな。彼らは必要な戦力だ」


「ここ、ゼリア王国では ”勇者” を必要としています。だからこそ、王国はリスクを冒してまで〈異世界召喚の儀〉に手を出したわけですから。罪を償わせることよりも "勇者" として成長してもらうことが優先されます。彼らが自分たちの価値を正しく認識していれば、ここに帰ってくるものと思われます」


「しかし、冒険者になるということもあるだろう? 彼らは戦闘ならできる。冒険者になれば衣食住に困らないくらいの金銭を稼げるのではないか?」


「冒険者ギルドでは、18歳以上の方しか登録できない規則になっています。彼らはユイナ・コシイが15歳、ギン・スズハラが16歳です。年齢についてですが、ギルド登録の際にステータスウィンドウを参照し、年齢を確認しております。ステータスウィンドウの年齢は詐称することができません。彼らが冒険者ギルドに入ることはないでしょう」


「……なるほど。それらを根拠にして、二人はここに戻ってくるというのだな。クワール」


「はい」


「……わかった。ゼリア王国には、多大な戦力をかの二人の捜索に当てるほどの金銭的、人員的余裕もない。ここで大人しく待っているとしよう。下がってよいぞ、クワール」


「……失礼いたします」


 王からの許しを得て、俺はその場を後にする。


 王は窓の外を見ていた。今宵は満月、月明りが王国城を照らしていた。そんな風景を見ながら、王はこうつぶやいた。


「おのれ、ギン・スズハラ。ユイナ・コシイの美貌に魅かれて、誘拐するとはなんたる狼藉だ」


「……はい?」


 俺は、ゼリア王の発言の意図がわからず、思わず振りかえる。


 どちらかというと、ユイナ・コシイがギン・スズハラを抱えて逃げ出していたし、誘拐したのはユイナ・コシイのほうだと思うが……。


 まぁ、別にどちらでもいいか。


 俺は彼の発言を訂正することはせず、そのまま夕食へと向かった。

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