第15話 お姫様抱っこ
窓から部屋に差し込む月明りが、俺たち二人を照らしている。
「……セクハラですよ、チビ原先輩」
「……わかってる」
俺は、豊島を杖で殴打し続ける古椎を後ろから抱きしめ、その行為を止めさせた。古椎はこういうが、振りほどこうとはしない。ただ、俺が抱き着いているとき、古椎は俺に対し憎まれ口をたたき続けた。
「来るの遅いですよ」
「……すまん」
「私がどれほど怖かったか……。わかりますか?」
「……」
「けど、来てくれてうれしいです。……私、もうダメかと思いました」
「……」
「先輩がいて、本当に良かった」
「……そうか」
古椎の目じりには涙が浮かんでいた。先ほどの恐怖による涙ではなく、安堵の涙だった。
齢15歳の女の子が、年上の男性に犯されそうになっていたのだ。いくら、気丈夫な古椎と言え、この経験はさぞかし怖かったことだろう。
「……古椎」
「なんですか、先輩」
「ここから出よう。コイツらがいない、遠いところに逃げよう」
俺の言葉を聞いた古椎は目を丸くした。
ここにいると、今回のように性欲を持て余した猿がいつ古椎を襲うかが分からない。こんな環境に大事な後輩をおいておけない。
また、俺も富樫から経験値をカツアゲされている。次回も【譲渡】しないと危害を加えると脅迫されているのだ。こんな場所からは、早くおさらばしたい。
「私たち、二人だけで……ですか」
「……そうだ」
正直、ここから出たらどうなるか分からない。今の俺たちは ”勇者” を目指すという条件で、ゼリア王国に雇われ、給金を受け取り、衣食住を担保されている。
ここを出たら、衣食住を自分たちで用意し、自分たちで金を稼がなくてはならないのだ。
ゲームのように野生のモンスターを倒してもお金は獲得できない。だから、仕事に就く必要がある。
「……お金はどうするんですか?」
「冒険者ギルドに登録して、冒険者になる」
冒険者ギルド。それはクエストを受理し、野生のモンスターを討伐や護衛の依頼を完遂することで報酬金を得る仕事。
特殊な技能を必要としない。ただ強さが求められる職業。
一介の高校生である俺たちにとって、選択肢はこれしかなった。
「私たち、二人ともLv1ですよ。冒険者になんて、なれますか?」
冒険者は戦闘を生業とする職業。3日前に日本にいた俺たちが、命を賭してこの職を全うできるだろうか。
ゼリア王国にいる間は、騎士団員の監視の下、安全を確保されながらレベリングを行っていた。
しかし、ここから出れば経験値は野生のモンスターから獲得しなければならない。
騎士団員による戦闘のサポートもない。つまり、自分たちで対処できないほどの強いモンスターに遭遇した際に、代わりに倒してもらうといったこともできないのだ。
俺たちは、異世界人とはいえ二人ともレベル1。庇護なしで野生のモンスターと戦うのはリスクが高い。
「そん時は、俺が古椎を守ってやる」
「……弱いくせに見栄を張らないでください」
俺も正直不安でいっぱいだが、後輩の女子の目の前で弱音なんて吐いていられなかった。その不安を見透かされたのか、古椎は俺をいつものようにけなしてきた。
「……わかりました。一緒に行きましょう、鈴原先輩」
「……あぁ」
古椎が俺の手を握ってくる。どうやら、城を出る決心がついたようだ。……そういえば、女性と手をつなぐ経験はこれが初めてだな……。
ダンダンダン!
そんなことをぼんやりと考えていたら、部屋の外から多数の足音が聞こえてきた。その音が大きくなったと思えば、古椎の部屋に武装した複数の男たちが入ってきた。
「お前たち、何をしている!」
そこには、ゼリア王国の軍団長のクワールが、多数の部下を引き連れていた。彼はここ、ゼリア王国城にいる最高戦力であり、 ”勇者 ”候補の俺たちが越えなければならない壁として設定されている人物である。
「ここに倒れている方は……レンヤ・トヨシマか? 貴様ら、この方に何をした!!」
俺たちが豊島に何かした、というよりは豊島が古椎を襲おうとした結果なのだが、それを説明しても豊島に対する殺人未遂の罪は免れないだろう。
俺はクワールのステータスを鑑定する。
「鑑定魔法……チェック」
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クワール・マテロバット
Lv42 クラス 拳聖
HP 1610
MP 84
物攻 199
物防 185
魔攻 80
魔防 113
敏捷 85
ユニークスキル【剛掌】:拳を使った技の威力、範囲が大幅に強化される。
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ステータスが強すぎる。俺のステータスをすべて10倍しても届かない。俺たちが逆立ちしてもかなわない相手だ。
「先輩。私たち、相当ピンチみたいですね」
「……そうだな」
どうやら、古椎のユニークスキル【逆境】も反応しているらしい。
しかし、これからどうすればいいのか。
戦うという選択はあり得ない。軍団長のクワールがとても強く、引き連れている下っ端の騎士団員にも俺たち二人でも手も足も出ないほどのレベル差があるのだ。
「……逃げよう、古椎」
俺はそう判断して、古椎の手を引く。しかし、古椎は動かない。こんなピンチの時に何をしているのか。早く逃げなくてはならないのに……。
「何してる!? 早く逃げるぞ!?」
「……先輩、私。この前なんて言ったか覚えてますか?」
「……?」
「「いざとなったら、私がクソ雑魚な先輩を守ってあげます」って言ったんですよ」
そう言うと古椎は、俺の腰に回すとそのまま俺の身体を持ち上げた。お姫様抱っこ……ならぬ、女性が男性を抱きかかえる、”逆お姫抱っこ”である。
「先輩軽いですね。ちゃんとご飯食べてますか?」
「!?!?!?」
突然の逆お姫様抱っこをされ、声にならない悲鳴を上げる俺。異世界に来てからはずっと同じ釜の飯を食ってるだろ、とかいうツッコミもどっかに行ってしまった。
「ちゃんと掴まっててくださいね。高速魔法、ラピッド!」
そう言うと、古椎は部屋の窓のガラスを突き破り、城の外へと飛び出した。
古椎は俺を抱えたまま、城庭に美しく着地すると、城の敷地外へ向かって走り出した。
「おい、ユイナ・コシイとギン・スズハラが城から逃げたぞ! 直ちに追え!!」
背後でクワールの怒声が聞こえた。彼の部下が古椎を追うも、全く差が縮まらない。
すさまじく速い速度で走る古椎に抱かれながら、俺は彼女のステータスを確認する。
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ユイナ・コシイ
Lv1 クラス 白魔術師
HP 250/250
MP 230/230
物攻 18 (9×2.0)
物防 24 (12×2.0)
魔攻 46 (23×2.0)
魔防 64 (32×2.0)
敏捷 90 (30×2.0×1.5) ラピッド
ユニークスキル【逆境】
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なるほど、【逆境】によるステータス上昇に加え、高速魔法による敏捷の上昇があるのか。
古椎の敏捷のステータスは90 になり、あの場で最もレベルの高かったクワールの敏捷 85よりも高い数字になっている。これほどのレベル差でも追いつかれないのも道理だ。
「先輩、これからずっと一緒ですからね」
これだけ走っているのにもかかわらず、息一つ切らしていない古椎が、腕の中に抱かれる俺に笑いかけた。
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