第13話 経験値のカツアゲ
また、こうなるのか……。
訓練場にて「古椎を渡さない」と言い放った後のことである。訓練が終了して夜になり、俺の部屋を訪れた富樫によって暴行を受けていた。
「何度言ったらわかるんだよ!」
富樫が俺の腹部にパンチを打ち込んでくる。その衝撃に胃の内容物を吐き出しそうになる。
……日本にいた時と全く一緒だな。
富樫が来た時点で何をされるかはわかっていた。しかし、ここは異世界。体格や筋力差よりもステータスの差が優先されるシステムだ。
もしかしたら、ここなら富樫に対抗できるかもしれない……と考えた俺がバカだった。
「お前ごときが! 手を出していい! 女じゃ! ないんだよ! 唯奈はなぁ!!」
そう言って富樫は俺の腹を殴る。日本で受けてた時よりも強い衝撃が、俺の内臓を揺るがす。
日本における富樫と俺の筋力差よりも、異世界に来て、富樫の物攻と俺の物防の差の方が大きく、むしろ受けるダメージは上昇していたのだ。
富樫の腹パンを受けるたびに、自分のHPが2ポイントずつ減少している。これはHP上限120の俺の体力が満タンの状態でも、腹パンを60発も受けたら死んでしまう計算だ。
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ギン・スズハラ
Lv1 クラス 剣士
HP 80/120
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普通のゲームでは、体力上限の3分の1程度のダメージなど大したことはない、というイメージだろう。しかし、実際は息ができないほどの苦痛に悶え苦しんでした。
この世界は、システムがほぼゲームがベースな割に、融通が利かないようだ。
「唯奈の方もだ! 満更でもないような顔しやがって! 俺の女になるってのによ!!」
富樫が息を切らしながらそう叫ぶと、腹パンすることを辞めた。
腹パンする方も疲れてくるのだろうか。する方になったことがから分からないが。
「俺がもっと強くなれば、唯奈も俺になびくかもしれないな」
古椎は相当富樫に対して悪印象を抱いている。そんなわけがない……と言いたいところだが、この異世界において強さは正義だ。
強ければ何をしても許される。人を殺めたとしても、それを罰する組織よりも強くなれば、誰からも罰されることはない。すべての行動が正当化されてしまう。
だから強さには責任が伴う。自分の強さによって他人を食いつぶすようなことがあってはならない、と王国からも教育を受けているはずだが……。
こんな奴が力を手にしてはならない、と俺は思った。
「そういや、お前のユニークスキル【譲渡】。他人に経験値を譲る能力らしいな」
「……何が言いたい」
「その経験値、すべて俺に寄越せ」
ここは強さ、もといステータスの高さがものをいう世界。レベルアップによってステータスが上昇するというシステム上、レベルアップに必要な経験値は金よりも重要だ。
そんな申し出、受け入れられるわけがない。
「……断る」
「これは命令だ。さもなくば……これ殺すぞ、鈴原吟」
そう言って富樫は俺の首に剣を突きつけた。
今度は腹パンではなく剣で攻撃するぞ、という意思表示だ。
ここは日本ではない。よって日本の法律も適応されないのだ。
俺を殺したとしても、富樫は日本において罪に問われることはない。ここ異世界で殺人の罪に問われる可能性はあるだろが、富樫はここゼリア王国で ”勇者” 候補として期待されている身だ。
もしかしたら、殺人の罪くらい揉み消してしまう可能性もある。
更に相手は、 ”勇者” 候補というには頼りなさすぎる弱いユニークスキル持ちの俺。どちらの存在が有用かなんて議論するまでもない。
「……冗談はよせ」
「嘘だと思うか? 俺はいつでもお前を殺せるんだぞ」
俺は、富樫の剣を見る。その剣先は、俺の頸動脈にかざされていた。
富樫のユニークスキル【心眼】によって、彼の攻撃は必ず急所に当たる。
俺のクラスは剣士であり、物防に優遇されているクラスとはいえ、急所の前に無効化されてしまうのだ。更に、前述のとおり、ステータスの差も大きい。
そんな彼による剣による攻撃ならば、今までのように2ダメージとはいかない。下手をすれば、一撃でHPが吹っ飛ぶ可能性もある。
「今ここで死ぬか、俺に経験値を渡すか……選べ」
富樫の剣が俺の首に当たる。剣の冷たい感触で、死への実感がわき、背筋が凍る。
恐怖心に身を硬直させながら、ゆっくりと自分のステータスウィンドウを開く。
ユニークスキル【譲渡】を選択し、『所持経験値5600ポイントをアズマ・トガシに譲渡しますか?』というシステムメッセージに「はい」を選択した。
「よし、それでいい」
そういって、富樫は俺の首元から剣を離す。剣を自分の腰にかけた鞘に収めた。
最悪だ。あともう少しでレベルアップができるところだったのに…。
「また明日も来るぞ。そん時も経験値を寄越せ……わかったな」
富樫は俺の部屋から出て行った。
中学生時代に金銭をカツアゲされた経験はあるものの、経験値をカツアゲされたのは初めてだ。
所持経験値0ポイント。
異世界に来てから3日間、必死にためた経験値が一瞬でなくなってしまった。
俺は己の無力感に絶望しながら、自分のステータスを眺めるほかなかった。
その時、自分のステータスのほかに、参照できるステータスの欄があることに気づいた。
そこにはユイナ・コシイと書かれている。それを見て、今日の昼あった出来事を思い出す。
古椎はあのあと、俺とパーティを組まないかといった。俺は最初、まだ早いと答えたが、古椎が「パーティを組みたいと言ったのは先輩のほうですよ」と言った。
そこまで断る理由もなかったので、結局パーティを組むことにしたのだが、パーティを組んだ時の古椎はとても幸せそうにしていた。もしかしたら、誰かとパーティを組んでみたかったのかもしれない。
どうやら、パーティメンバーのステータスはいつでも確認できるようだ。
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ユイナ・コシイ
Lv1 クラス 白魔術師
HP 250/250
MP 230/230
物攻 11 (9×1.2)
物防 14 (12×1.2)
魔攻 28 (23×1.2)
魔防 38 (32×1.2)
敏捷 36 (30×1.2)
ユニークスキル【逆境】
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古椎のステータスを見ていると、レベルアップをしていないのにもかかわらず、ステータスにバフがかかっている。
古椎はまだレベル1で、白魔法をほとんど覚えておらず、自分のステータスを上昇させる魔法はほとんど覚えていないはずだ。
戦闘訓練中で、他の人からバフをもらっているのかなとも考えたが、現在の時間帯は夜で、いつも通りならもうすぐ夕食の時間である。戦闘訓練は基本昼に行うものなので、それもおかしい。
だとしたらこのステータス上昇の理由は何なのか。その答えは一つである。
ユニークスキル【逆境】:味方や自身がピンチだと自身の能力が向上する。
そう、このステータスの上昇がユニークスキル【逆境】のものであるとすると説明がつく。
すなわち、古椎は今ピンチに瀕しているということだ。
この時間帯は古椎は自室にいるはずである。つまり、自室で誰かに襲われているのかもしれない。富樫に襲撃された俺と同じように……。
こんな弱いステータスの俺が、手負いの状態で何ができるか分からないが、古椎がピンチの時に駆け付けないわけにはいかない。
この異世界において、俺の話し相手は古椎しかいないのだ。唯一の友人を失うようなことがあってはならない。
「……待ってろ。今行くからな」
そう言うと、俺は痛みをこらえながら、古椎の部屋に向かった。
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