第10話 白魔術師、古椎
古椎の持っている杖には、赤い宝玉が中央にあしらわれており、いかにも異世界ファンタジーに登場する魔法使いが装備しているようなものだった。
「どうですかこの服装。可愛くないですか?」
そう言って右手に持った杖を頭上に掲げ、左でピースして決めポーズをする古椎。
白いロープまとい、彼女自身の美貌も相まって、神秘的な雰囲気を醸し出している。
美しさに見惚れたが、正直に言うのは恥ずかしいので、適当にはぐらかす。
「……似合ってねぇなぁ」
「はぁ!? おしとやかで貞淑な私にピッタリの衣装じゃないですか!?」
「どこがだ。お前みたいな粗暴な奴が、そんな聖職者みたいな恰好をするなよ」
「白魔術師なんだから仕方ないじゃないですか!」
白魔術師。それは回復魔法やバフ魔法など、味方を強化して戦闘を有利に進める白魔法を司るクラス。
炎や氷を出して、相手にダメージを与えたり、相手にデバフをかけて弱体化させて戦闘を有利に進める黒魔法を司る黒魔術師とは対になるクラスである。
確かに古椎の聖職者然とした神秘的な装いは、白魔術師であることを考えるとふさわしい。
「古椎は鎧着て、返り血浴びてる方がしっくりくるけどな」
「私だって先輩みたいに剣を持って戦いたかったですよ」
「なんだ。古椎、剣士になりたかったのか」
「最初は敵の攻撃を受ける前衛職じゃなくてラッキー、って思ってたんですけど。白魔術師の戦闘って、やる側はおもしろくないんですよねぇ……」
白魔術師の仕事は回復とバフによる味方のサポート。つまり、直接敵にダメージを与えたることは不得意である。
「しかも、白魔術師は一人じゃ碌にレベリングできないんですよねぇ。一応、自分にバフをかけて杖で殴ればダメージ自体は与えられるんですけど……」
「……脳筋かよ」
白魔術師はそういう戦い方をするためのクラスではない。それに、杖もそんな使い方をしたら耐久力がゴリゴリ削れて使い物にならなくなってしまう。
「ステータス見してよ」
「いいですよ。ほい」
そういって、古椎は自分のステータスウィンドウを見せてくれた。
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ユイナ・コシイ
Lv1 クラス 白魔術師
HP 250/250
MP 230/230
物攻 9
物防 12
魔攻 23
魔防 32
敏捷 30
ユニークスキル【逆境】
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白魔術師らしく、MPと魔防、敏捷のスキルが高い。逆に物理関係のステータスは低く抑えられている。
そして全体的にステータスが高い。彼女も戦闘に関しては才能があるということだ。
ユニークスキル【逆境】:味方や自身がピンチだと自身の能力が向上する。
火事場の馬鹿力、といったところだろうか。これは瀕死や致命的なデバフを受けたパーティメンバーが居たら能力が向上するというもの。
敏捷を上げてすぐさまサポートに行ったり、白魔法の回復量、効果量が上昇する有用なユニークスキル。
また、自分が不利な際には敏捷を上げて戦闘から逃げ出す、といった芸当も可能だ。
「先輩と違って私、結構強いんですよ」
「……反論できないな」
古椎もゼリア王国から期待されている立派な ”勇者” 候補である。コイツは弱いとレッテルを張られている俺とは違うのだ。
自分のステータスと見比べて、改めて落ち込む。どうして富樫といい、古椎と言い、こんなに恵まれたステータスをしているのだろうか。才能というのは恨めしい。
「大丈夫ですよ。いざとなったら、私がクソ雑魚な先輩を守ってあげますから」
「白魔術師に剣士が守られるようなことがあってたまるか」
「さっきの練習見てましたよ。先輩、剣技の才能ないですね。私の方ができるんじゃありません?」
「それは剣を握ってから言えよ」
「私は白魔術師なんで、剣は持ちませーん」
こいつは異世界に来ても相変わらず生意気だな。少しは関係性に変化が生まれるかもしれないと思ったのに。
こんな風に日本にいたときと同じように言い争いをしていると、コツコツと足音が聞こえた。
「やぁ、唯奈。一体どうしたんだ? 君が訓練場に来るなんて珍しいじゃないか」
「……富樫先輩」
足音のした方を見やると、そこには剣を腰に携えた、花の顔の富樫が立っていた。
「あの時、私に危害を加えようとしていたのに、よくもそんな平気な顔をして話しかけられますね」
「……あの時は気が動転していたんだよ。頭を冷やしたら、自分がしていたことが良くないことだって理解したんだ」
「頭冷やさなくても、暴力が悪いことってことくらいわかってほしいですけどね」
さわやかな笑顔で話す富樫とは対照的に、顔をしかめながら話す古椎。明らかにあなたと話すのが嫌です、といった様子だ。
俺はというと、富樫からはまるで居ないかのように無視されている。身長差のせいで物理的に視界に入っていないのかもしれない。
視界に入ったていたとしても、コミュ障のせいでまともに会話できないのだが……。
「そんな怖い顔しないでくれよ。俺たち、異世界に飛ばされた仲間同士だろ? 一緒にパーティを組んで魔王を倒さなければいけないんだから、仲良くしなきゃ」
「……富樫先輩とは組みたくありませんね」
「白魔術師がパーティ組まなきゃどうするんだ? 自分一人じゃ満足にモンスターも倒せないじゃないか」
「鈴原先輩とパーティ組む約束してるんで。ね、先輩?」
そう言って古椎は横にいた俺を見下ろす。
……え? 初耳なんだが……。
古椎の言葉を聞いた富樫は、俺の方を見下ろすと、居たんだ、と驚いた表情をする。……いや、本当に視界に入ってなかったんかい。
俺を見た富樫は顔をしかめ、古椎に向き直る。
「そんな奴より俺と組んだ方がいいんじゃないか。コイツと違って俺は剣もうまいし、ユニークスキルも強いぞ。レベリングの効率もいいはずだ」
確かにそうだ。白魔術師は自分一人でレベリングができない以上、パーティメンバーにモンスターを倒してもらって経験値を獲得するしかない。
効率のよいレベリングをするには、そのパーティメンバーはできるだけ高レベルのモンスターを倒してもらえばよい。
つまり、俺よりもステータスが強い富樫とパーティを組んだ方が合理的なのだ。
「……」
それは古椎もわかっているようで、富樫の言葉に閉口する。反論の仕方を迷っているのか、古椎は苦悶の表情を浮かべている。
「どうだ、俺とパーティを組まないか?」
富樫は再び古椎を勧誘し、手を差し伸べる。その手をじっと見つめる古椎。
そんな姿を見て俺は胸が苦しくなった。
俺はいつのまにか、古椎の腕をつかんでいた。自分でも何故そうしたのかがわからない。
古椎も突然俺に腕を掴まれたことに驚いて、目を丸くしていた。
今、富樫を刺激して敵対するのは悪手だ。だが、富樫と古椎が仲良くなるのは心が受け付けない。だからこそ、俺は勇気を振り絞ってこう言った。
「……古椎は俺の大事な後輩だ。富樫には渡さない」
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