第11話 心の支え

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古椎唯奈視点

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 異世界転移した、と聞いた時にはすぐには受け入れられなかった。


 質の悪いイタズラかと思ったが、ドッキリ用のセットと考えるには出来のよすぎる石造りの部屋に、明らかに異言語を話しているのに日本語として理解できている違和感、実際に目にした魔法という超常現象の存在から、ここを異世界と認めざるを得なかった。


 もちろん最初は怖かった。いきなり、死ぬかもしれない戦場に駆り出されるのだ。平和で戦争のない日本にいた高校生が、そんな現実をすぐさま受け入れられるわけがない。


 もう元の場所には帰れないかもしれないと思うと、寂しさがこみあげてきた。日本に帰りたい、とホームシックになっていた。


 しかし、私がそんな暗い気持ちを乗り越えられたのは、とある理由がある。


 一緒にいた鈴原先輩が、何故かケロっとしていたからだ。


 王様から一方的に「ゼリア王国のために魔王を倒してくれ」とお願いされて怒りもせず、むしろ未知の世界に来たことを楽しんでいるような節があった。


 そんな先輩の姿を見ていると、怖がっていた私が馬鹿馬鹿しく思えてきたのだ。


 あんなチビでヒョロヒョロで弱虫な先輩が、この理不尽な状況を受け入れて、立ち上がろうとしている。


 そんな彼の姿を見て、私もこの状況を楽しんでみよう、という気が湧いてきた。


 ……ありがとう、鈴原先輩。あなたが居なかったら、私は恐怖心と寂しさで押しつぶされていたかもしれない。


 だからこそ、訓練場で騎士団員にボコボコにされて落ち込んでいる先輩のことを見て、励ましたくなったのだ。


 異世界転移したときの、あのやる気と期待感に満ちた表情はどこへやら。さしずめ、自分に剣の才能が無くて絶望しているのだろう。


 素直に頑張ってください、なんていうのは恥ずかしいから。この私の美しいロープ姿で元気を出してもらおう。


 先輩は「似合ってない」なんて言ったけど、私に見惚れていたの、わかってますからね。素直にキレイだ、って言って欲しかったな。


 ……まぁ、チビ原先輩に容姿を褒められたところで、嬉しくとも何ともないのだが。


 そんなこんなで、ラノベ同好会の部室にいるときのような低レベルなやり取りをする。異世界に来ても変わらない鈴原先輩との関係性が、この異世界において私の唯一の癒しだった。


 ……そんな癒しの時間をぶち壊す奴がやってきた。


 言うまでもなく、富樫先輩のことだ。


 富樫先輩は他の女子生徒なら即落ちするであろう、さわやかな笑顔を貼り付けて、こちらの方に歩いてきた。


 彼が心の底から笑ってないのは、目を見たら分かった。おそらく、私と鈴原先輩が仲睦まじく会話していたのが気にくわなかったからだろう。


 そして、彼は仲良くしようと、言ってきた。コイツはどこまで図々しいのか。


 どうして、一度告白を断った相手、さらに口封じのために危害を加えようとした相手にワンチャン残っていると考えられるのか。


 私は、心の底から富樫先輩のことが嫌いである。


 そんな笑顔で優しく接したら、どんな女も陥落すると思い込んでいるところも気持ち悪い。


 しかし、協力して魔王を倒して日本に帰る、という共通の目的がある以上、嫌いと明言して関係性を悪化させるのは悪手である。


 富樫の戦闘能力は高く、魔王を討伐する際は最重要人物になるだろう。だからこそ、関係を良好に保つ、とは言わないまでも、致命的な軋轢を生じさせてはいけないのだ。


 富樫への返答に困っていると、口を開いたのは、まさかの鈴原先輩だった。


 コミュ障のはずなのに、はっきりと「渡さない」と言った。また、「大事な後輩だ」とも言ってくれた。


 せっかく、この場を穏便にやり過ごそうとしたのに作戦は失敗だ。……だけど悪い気はしなかった。

 

 思い返すと、体育倉庫で鈴原先輩が暴力を受けていたのも、富樫のラノベ同好会への入部を拒否したからだ。


 そもそも、なんで入部を拒否したのだろうか。私と鈴原先輩の間に富樫先輩が割って入ることが気にくわなかったのだろうか。


 まさか、私に好意を抱いているわけではないだろう。こんな出会い頭に、チビチビ言ってバカにしてくる生意気な後輩のことを好きになるような男はいないと思う。


 事実、私の美貌目当ててで卑俗な視線を送ってきた男とは雰囲気が違う。鈴原先輩赤らは、富樫先輩のような低俗な男が抱くような下心を感じない。


 私たちはさしずめ、悪口を言い合える気心の知れた友人に近い関係だろう。


 鈴原先輩はその関係性を大事にしてくれているのだ。


 だからこそ、自分より体格も大きく、先日のことで恐怖を植え付けられてるであろう富樫先輩相手に、私を渡さないと明言したのだ。


 あのコミュ障で意気地なしな鈴原先輩のことだ。大層恐ろしかったに違いない。


 実際、私の腕をつかむ鈴原先輩の身体は震えていた。


「鈴原先輩も、漢らしいところあるんだね……」


 私は昼にあった出来事を思い出して、自室のベッドに寝転がりながら、枕を抱く。


 現在は夜。城の訓練も終わり、今はゼリア王国から与えられた個人用の部屋にいる。ここでは、プライバシーは守られており、呼べば城に仕えている下人たちが身の回りの世話してくれる。王様の誓言通り、かなりのVIP待遇である。


 異世界にきてから3日。ようやく、ここでの生活も慣れてきた。


 食事は日本にいたとき、とまではいかないが、ここの上流階級の人がする食事だ。かなり美味である。


 そろそろ、夕食の時間である。今日のご飯は一体なんだろうか。


 ドンドン!


 そんなことを考えていると、自室の扉が叩かれた。城の下人が、夕食の支度が済んだことを報告しに来たに違いない。


「はーい」


 そう考え、私は警戒をせずに扉を開けてしまった。


「……バインド」


 男の低い声が聞こえた瞬間、私の四肢は鎖のようなもので縛られ、自室の床に仰向けに押し付けられた。


「うぐっ……!」


 背中に走った衝撃に苦痛の声を漏らす。咄嗟の出来事に思考が途絶する。これは魔法……?


「はぁ……、はぁ……」


 気色の悪い吐息が聞こえる。一体誰のものだ?


「豊島先輩……?」


 私が首を上げて前方を見上げると、血走った目で私のことを見下ろす豊島先輩の姿があった。



 





 


 


  

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