第5話 チビにつける薬はない

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古椎唯奈視点

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「チビ原先輩、どこですかー?」


「……目の前にいるだろうが」


「前……? 前には誰もいませんよ。……あ、見つけました。なんだー、”下”にいるならそう言ってくださいよー」


「眼科行ってこーい。そんなに目が悪いと、今後大変だぞ」


「じゃぁ先輩は整形外科に行った方がいいですね。そんなに小さかったら、今後大変ですよー?」


 私の決意とは裏腹に、うっかり鈴原先輩とそこそこ仲良くなってしまった。


 もともとはこの気弱そうな男を脅迫して活動記録を改ざんさせ、部活に一度も顔を出さないでそのまま卒業するつもりだったが、意外にも部室の居心地がよく、放課後以外の休み時間にも部室に遊びに来るようになっていた。


 先日の桜子とのいざこざのせいか、クラス内では私の悪い噂が広がっているようで、表面上は仲良くできていても、友人と呼べるような人はできなかった。クラスに居ても、気軽に話せる間柄の人はいない。


 だから、今のように気遣いの必要がない鈴原先輩との会話は、楽しいのだ。


 今日も開口一番先輩をバカにする。鈴原先輩もなんだかんだ言いつつ付き合ってくれているし、満更でもないのかもしれない。


「骨延長術は大変なんだぞ。お金もかかるし、手術に成功したとしても今後走れなくなったりするんだ」


「へぇ、やっぱりちゃんと調べてるんですねぇ」


「しかも延長できたとしても10センチが限界なんだよ」


「じゃぁ一回やっても私に届かないですね。残念でしたー」


「お前に届くといいことあんのか?」


「やっぱり女性は男の身長のことを気にしますからね。もしかしたら私も先輩のことを見直すかもしれませんよ。 ……やっぱりオタク臭くて無理です、ごめんなさい」


「告白してないのに勝手に俺をフるな。殴るぞ、おい」


「殴ったら殴り返しますよ。チビ原先輩、よわよわですからすぐ私に負けちゃいますけどいいんですかー?」


「……殴るわけないだろ、女を殴ったらいけないって母さんが言ってたから」


「ダウト。本当は年下の女の子に負けるのが怖いだけなんでしょ?」


「……おし、やっぱヤるか」


 そう言って殴りかかってくる鈴原先輩の頭を押さえると、先輩を両手をぐるぐる回しながら抵抗する。


 先輩と私は身長差も大きければ、手のリーチ差も大きい。先輩の手が私に当たることなどないのだ。


「……このデカ女め」


「この世はサイズが命ですよ。……何事もね」


「おい、俺の股間を見るな。そして勝手に判断するな。実物、見たことないだろう」


「見なくてもわかりますよ。アソコのサイズは身長に比例しますからね」


「……ぐぬぬ」


 私は今まで友達を数多く作ってきたが、今回のように下ネタも交えるほど打ち解けられた人は未だかつていない。


 ましてや異性にここまで心を許したのは初めてだ。


 今思うと、初対面の時はあんなに怖がられていたのに、よくもまぁここまで話せるようになったものだ。


 あれは私が剣呑な雰囲気を醸し出していたのもあるかもしれないが、鈴原先輩はもとより極度のコミュ障である。私が入部して以降、しばらくはまともに会話ができなかった。


 しかしある日、私がチビ原先輩呼ばわりしたのを皮切りに、口喧嘩みたいになった。そこから先輩のコミュ障ぶりは鳴りを潜め、普通に話せるようになっていったのだ。


 チビと呼ばれたのがそんなに悔しかったのだろうか。


 とにかく、趣味が全く違い、共通の話題がない私たちにとって、先輩へのチビ弄りは会話のきっかけとして丁度良かったのだ。


 先輩も日に日に心を開いてくれるようになった気がする。それがなんだか嬉しかったのかもしれない。だからこそ、つい甘えて減らず口を叩いてしまうのだ。


 自分でも、先輩と接しているときの私は子供っぽく見えると思う。私自身、どうして先輩に対してこんなに自分を飾らずに居られるのかはよくわからない。


 チビ原先輩ごときに自分の恥ずかしい姿を見られても大丈夫という余裕からだろうか。他の人に対しては、こんなバカみたいな会話できないのに。


「そんなことより。古椎、文化祭までに書く小説の設定、決めたのかよ」


「あー、そうでしたそうでした」


 先日、鈴原先輩から小説の設定を考えてくるように言われたんだった。


 小説の書くことは初めてで、緊張するのだが、設定を考えている時間はあれよこれよとアイデアが浮かんできて楽しかった。


「やっぱりラブロマンスがいいですかね。ヒロインはもちろん私で、お相手はチビ先輩と違って高身長で、チビ原先輩と違ってスポーツ万能で、チビ原先輩と違って成績優秀で、チビ原先輩と違って優しい男の人がいいですね」


「そんな男いねぇよ。いたとしてもお前みたいな野蛮なやつとは付き合わねぇよ」


「失礼な! 私、これでも世間ではおしとやかなお嬢様として見られてるんですのよ!」


「とってつけたようなお嬢様口調辞めろ。かえって下品だぞ」


「オタクで陰気で童貞でコミュ障なチビ原先輩に言われたくありませーん」


「……お前みたいなデカ女、誰が好きになるんだよ」


「私がデカいんじゃなくて、周囲の男が小さいだけですー。私がデカく見えるのは私の責任じゃありませーん」


「男子の平均身長超えといて何言ってんだ。この世の男性、大体お前より小さいだろ」


「先輩の方こそ、大体の女性よりも小さいじゃないですか。身長に比例して器もちっちゃいですね。あ、アソコもか」


「お前も身体と態度に反比例して器は小さいじゃねぇか。あと、胸のサイズもな」


 ぎゃーぎゃー


 私たちは狭い部室の中で言い争いをした。その低レベルな内容とは裏腹に、二人ともその言い争いを楽しんでいた。


 その部室の外から、私たちの姿を眺めるギラギラとした視線には気づかなかった。


 


 


 


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