第4話 また明日
「チビ原先輩、今日も小さいですねー」
「うるさい。古椎がデカいだけだろ」
「先輩、身長いくつですか?」
「……155センチだけど?」
「えー、もっと小さいかと思ってたんですけど、結構あるんですねー。140センチくらいしかないんと思ってました」
「ぶっ飛ばすぞ」
放課後、俺たちはラノベ同好会の部室で言い合いをしていた。
意外なことに、古椎が入部して約1か月が経過すると、俺と彼女はそこそこ仲良くなった。
まさかこんなオタクの俺が、こんな美少女とコミュ障を発揮せずに話せるようになるとは。あの初対面の時の雰囲気からはまったくもって想像できない。
俺は友人がおらず、クラス内での居場所がないので、休み時間はラノベ同好会の部室にいることが多いのだが、そこにちょくちょく古椎がやってくる。
彼女も暇なのだろうか。こんな美人なら友達もたくさんいるだろうに
……いや、訂正。こんな性格の悪いやつに友達がいるわけないか。
俺を上から見下ろす古椎が、俺の頭に手を乗っけて、身長測定の仕草をする。その手の高さは、古椎の顎下くらいの位置だった。
「……先輩。サバ読んでません?」
「サバ読むならもっと派手に読むわ。お前こそいくつだよ」
「4月に測ったときは173センチでした。身長差18センチかー。もっとありそうですけどね。先輩、縮みました?」
「そんなことあってたまるか。だとしたら古椎が伸びてるだけだろ」
「私こんなに身長いらないのになー」
「じゃぁその無駄にデカい身長、少し寄越せ」
「非売品ですよーだ」
そういって古椎は舌を出し、俺にあっかんべーをした。
古椎の第一印象は氷のように冷たく怖いイメージだったが、しばらく一緒にいると、見た目のわりに意外にも子供っぽいことが分かった。こうやって普段から低レベルな言い争いをしている。
今日も今日とて、鬱陶しい後輩に低身長を弄られていた。
こいつには先輩に対する敬意が感じられない。なんせ、チビ原呼ばわりされているのだ。実際、微塵も敬われてないだろう。
「先輩、私のおっぱい見るのやめてください。変態ですか?」
「俺は真正面を見ているだけだ。たまたまお前の胸と視線が同じ高さなだけだ。勘違いすんな、大してないくせに」
「平均よりは大きいですー。先輩はアニメや漫画の見過ぎで現実の女性のおっぱいの大きさ知らないんじゃないですかー? これだから童貞は」
「童貞で何が悪いんだ高校生だぞ。お前こそ男のチ〇コ見たことあんのかよ」
「は!? あるわけないじゃないですか!! セクハラですよセクハラ! 訴えますよ!」
「わかった、わかったから俺のつむじを押し込むのをやめてくれ。下痢になるだろ」
「ちょうどいい高さにあったんで、つい」
ここ最近、毎日こんな低レベルなやりとりをしている。古椎も俺なんかにかまっていないで、他の人と交流したらいいのにと思う。
「先輩、なんですかこれ」
俺をバカにするのに飽きた古椎が、部室の机の上にある一枚の紙を指さした。
「設定資料だよ。夏にやる文化祭に向けて、小説を書かなきゃいけないんだよ」
ラノベ同好会の活動内容には創作活動も含まれている。ただラノベや漫画を読んでいるだけで、部活動として承認されるわけがない。
毎年一本、文化祭の時に自分たちが書いた小説を製本し、無料で頒布する。俺は今、そのための設定資料を練っていたのだ。
「へぇ、ここってそんなことやってたんですねー」
「ちゃんと部活紹介で書いたぞ」
「あんなの、真面目に読むわけないじゃないですか」
「失礼な。俺が一生懸命書いた文章だぞ」
「小説って、どんな事を書くんですか?」
「……去年は異世界転生ものを書いたなぁ。文字数制限がある中で、異世界の世界観を表現するのが難しかった」
「大変そうですね。先輩、頑張ってください」
「は? 何言ってんだ。お前も書くんだぞ」
「え、何でですか?」
俺の言葉に古椎が仰天する。自分も小説を書かなくてはいけないことを失念しているのだろうか。
「お前も同好会の部員なんだから当たり前だろ。もし書く気が無いのなら、部長権限で活動記録、全部不参加で提出するからな」
「それだけはやめてください! 先生に怒られちゃいますよ!」
部活動の活動記録は、この高校ではかなり重要視されている。課外活動も全力で取り組むべしという教育方針なのだ。だから、活動記録で不参加がバレると、補修なるものが存在する。
まったく、面倒なシステムである。
「じゃぁいいからなんか書け。大丈夫、まじめに読んでくれる奴なんていないから」
「そんなこと言われてもー。……私、小説なんて書いたことないですよ?」
「俺も去年までそうだったから、心配すんな」
小説を書かなければならないことに絶望し、頭を抱える古椎に声を掛ける。小説を書くことなんて、誰しもみんな初めてなんだ。
「どんなものを書くか、ざっくりとしたいイメージだけでもいい。明日までに考えてこい」
「……わかりました」
古椎はカバンを持って部室から出ようとする。そのとき、こちらを振り返って笑顔でこう言った。
「チビ原先輩、また明日」
「……あぁ、またな」
同好会の部室を出ている古椎の背中を見送る。
またな、なんて言葉を口にするのはいつ以来だろうか。今まで友達がいなかった俺にとって、また会うことを約束するような間柄の人間はいなかった。
孤独を紛らわすのは慣れている。だからこそ、このラノベ同好会を選んだのだ。小説を読んでいるときだけは、嫌いな現実の自分を忘れることができる。
しかし、美少女の後輩にバカにされながら過ごす現実も、案外悪くないかもしれない。
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