第47話 声かけ事案

 少しだけ距離の近くなった三人は他のお菓子の説明を受け、女主人に礼を言って店を後にした。


「任子風様はお菓子に詳しいのですね」


 何気なく言葉にすると、任子風が肩をすぼめてしまった。


「……兄上とは似てもにつかず申し訳ありません」

「何も申し訳なくないです」

「えっ」


 任子風が夏晴亮を見遣る。目が合ったのはこれが初めてだった。


「お好きなことがあるのは良いことです。それで見つかる発見もありますから。それぞれの得意分野を伸ばしていったら良いのではないですか?」


「私でも、兄上のお役に立てるでしょうか」

「もちろん」


 両手で拳を作って義理の弟を応援する。任子風の顔がほんのり赤くなった。


「……有難う御座います」


 それから任子風によるおすすめお菓子店巡りをした。彼の顔も行きとは別人な程明るくなり、任明願は感慨深げに夏晴亮を見つめた。


「ちょっと、彼女はもう第一皇子の大切な人なのよ」

「知ってるよ。想うだけなら構わないでしょう」

「あら、謙虚ね」

「元々こうだよ」


 馬星星は任明願の態度の変化に戸惑いを覚えていた。以前の彼はもっと積極的で自信に満ちていたように思えた。何が彼を変えたのだろう。


「どうせ、あと少しだから」

「あと少しって?」

「間もなく宮廷を出るんだ」

「何故ッ?」


 事情を知らない馬星星は大変驚いた。金依依を見遣るが、彼女は馬星星を一瞥しただけで何も言わなかった。任子風のすぐ後ろを歩く後任に顔を向けて続ける。


「もしかして、あの人が後任ってこと?」

「うん」


 真っすぐ前を向いて歩く任明願を見上げる。


「……何があったのか知らないけど、お元気で。新しいところでも上手くやっていかれるよう祈っておくわ」

「ありがとう。そう言ってもらえるだけで十分だよ」


 彼は親切で、明るく、誰からも好かれていた。宮廷や後宮内でも悪い噂を聞かなかった。何か、よほどの事情があるのだろう。馬星星はそれ以上何も聞かなかった。



「そろそろお昼にしましょ。私、王都でお食事してみたかったの」


 午後になって王美文が言った。


 昼餉には少々遅い時間で、入った店内もそこそこ空席があった。現れた王族に慌てた主人が大きい机のある席に案内する。


「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」


 きっと厨房内もどのような注文にも答えられるよう、材料の確認に追われているだろう。夏晴亮は申し訳ない気持ちをぐっと飲み込んだ。


「阿亮、何にする?」

「私は食べられるものなら何でも好きなので、王美文様と同じものにしたいです」

「私とお揃いが良いということね!」


 大喜びの王美文は笑顔で主人に注文をした。


 程なくしてそれぞれの食事が並べられる。しっかり夏晴亮が全ての皿の毒見をし、平和に昼餉の時間が始まった。


「任子風様、宮女でも王都の子でも、良い子はいたりしませんか?」

「ひっ、え、そういうのはまだ興味が無くて」

「それも立派な王族としてのお仕事の一つでしてよ。興味が無いとおっしゃる年齢は過ぎました」


 まるで上司のごとく説教を始める正妃に任子風が助けを求める視線を送るが、残念ながら彼女に命令出来る者はここにいない。夏晴亮が時折相槌を打ってやり、どうにかその場をやり過ごした。


 昼餉後、あまり長居をしてもよくないため、一行は馬車へと歩き出した。


「阿亮、任深持様にお土産を用意していないわ」

「そうでした。何がいいのかな」

「今日はお散歩だから気軽なものがいいわ」


 小物を扱う店は近くに二か所あるため、それぞれ自由に眺めることにした。


「私によく髪飾りを送ってくださったから、髪飾り見てみよう」


 馬星星と見ていた夏晴亮がやや離れた場所を見に行く。


「亮亮、お店の外に出ないでね」

「はい」


 端の方から商品を真剣に吟味する。その右手に誰かが触れた。


「え」

「すみません。あまりお美しいので、お近づきになりたくて」


 横には、痩せ気味の男が愛想笑いを浮かべて立っていた。商品棚と壁の間にいたので全く気が付かなかった。


「はぁ、あの」

「あっちに美味しいお店があるので、行きませんか」

「いえ、連れがおりますので」

「いやまあ、少しですから」


 そのやり取りを発見した者がいた。任子風だった。


 任子風は二人の間に割って入ろうと思ったが、痩せ気味の男にも負けそうな腕力しかなく、剣術もまた然り。どうしても行動に移すことが出来ない。


 これは従者に任せた方がよさそうだ。そう思ったところで、男が再度夏晴亮の右手に触れ、無理矢理外に連れていこうとする。間に合わない。任子風は生まれてから一番の声を出した。


「あの! 私、その方の連れで──」

「ぎゃぁッ」


 言い終わる前に、男の悲鳴がした。

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