第43話 呪いの手紙

「旧字が使われているところを見ると、少なくとも二百年は前ですね」

「才国は建国して二百五十年程だ。もしかしたら、建国時のものかもしれないな」


 文字が薄れて読めない箇所もある。前後の文脈から単語を予想して読む様が、夏晴亮シァ・チンリァンには遠い世界に思えた。


「超国の文字は見当たらないか」


 どうやら手紙で合っているようだが、超国のことを書いているわけではないらしい。


 肝心の宛名が滲んで読めないのがもどかしい。ただ、内容が丁寧な言い回しなので、目上の人物に宛てたものなのは分かる。


「目上宛の手紙にしては、内容が穏やかではないですね」

「ああ。始終喧嘩腰だ」


 読み取れた文章には、相手を否定する言葉ばかりが並べられていた。


「どうですか?」

「現代文に書き直してみよう」


 分かる部分だけではあるが、任深持レン・シェンチーが読み取れた文章を分かりやすく書いてみせた。


『貴方のことはもう信じられません。私がどんな想いか分かりますか。今後、貴方を許すことはありません。あの世の淵で後悔してください』


 それを目にした夏晴亮が顔を青くさせる。自分は見つけてはならないものを見つけてしまったのではないだろうか。呪いの言葉にも思える文章がとても恐ろしかった。


「見た人もあの世に連れて行かれそうです……」

「不幸を呼びそうね……何故、受け取った人はこんな手紙を取っておいたのかしら」


 馬星星マァ・シンシンも両手で腕を擦る。他に手掛かりはないものか、任深持が手紙を裏返して観察した。


馬牙風マァ・ヤーフォン、お前ならこれを何と読む?」


 紙を透かして、どうにか読めそうな一文字を馬宰相に問いかける。馬宰相が薄目で見つめた後、ぽつりと答えた。


「任……でしょうか」

「そうか。私もそう思った」


 もう一度、一番上から読んでみる。もしかしたら、これは歴代皇帝の誰かへ宛てたものかもしれない。


「となると、差出人は皇帝へ意見の出来る人物。少なくとも、手紙が皇帝に渡せるような、宮廷内にいた者と考えていい」

「でも、実際に渡されたかは分かりません。ここに隠したのかも」


 夏晴亮が任深持に意見を言う。任深持が右手を顎に当て考える。


「なるほど。そういうことも考えられる。とりあえず、過去の皇帝に恨みを持つ人物がいたのは間違いないだろう」


 内部事情までは歴史書に書かれていないので、これは大きな一歩だ。


「どうした?」


 黙ったまま動かないマァ宰相に任深持が話しかける。


「少々気になることが御座いまして。時間がかかりそうなので、この手紙を明日までお預かりしても宜しいでしょうか」

「構わない。もう誰の物とも分からないものだ」

「有難う御座います。明日報告させて頂きます」


 馬宰相が手紙を受け取ったことをもって、今日の調べものは一旦終了となった。

 一刻も経っていないが、宮女の一日の仕事より疲れた気がする。


「お疲れ様です」

「はい。夏晴亮様もごゆっくりお休みください」


 手紙と数冊の本を持って馬宰相が廊下へ出る。任深持を部屋まで見送ると、一人で自室に入っていった。


「さて」


 椅子に腰掛け、本を開く。そこには歴代皇帝と、建国時の武将の名前と顔が描かれている。

 手紙の中に「超国」の文字は最後まで見つけられなかったが、馬牙風が気になったのはそこではなく、名前の方だ。


李氏リィし……」


 才国から独立したのは李氏一族が主で、代表となっている人物が建国時の武将の一人である李友望リィ・ヨウワンだ。


「李……友、望」


 紙を透かし、裏返し、光に当ててみながらこの三文字がないか端の端まで探す。


 じっくり時間をかけていると、差出人が書かれているであろう箇所に薄っすら文字の一部が確認出来た。ほぼ消えてしまっているが、「望」という文字に見えなくもない。


「そうだ」


 引き出しから護符を取り出す。法術を使っても書いた人物までは辿り着けないが、護符を組み合わせればこの紙がどれくらいの古さかは分かる。馬牙風が印を結び、護符を二枚、紙に押し付けた。


 護符が紙に呼応してどんどん朽ちていく。馬牙風が瞠目した。


「これは」







「結果が出ました」


 朝餉の時間が終わったところで、馬宰相が皆の前で件の紙を見せる。任深持が立ち上がった。


「気になると言っていたことは分かったのか?」

「はい」

「どうだった」


 言われた馬宰相が、手紙の下側を指差して答える。


「こちらの手紙は才国から独立した武将李友望から初代皇帝任春レン・チュンに宛てたものであると分かりました」

「なんだと!」


 皆一様に驚愕の表情を見せる。これが本当であれば、各々学んできた歴史が覆るからだ。


「こちらに、望という文字が半分程見受けられます。さらに法術を使い、この紙が二百五十年近く経っていることが分かりました。皇帝宛てに意見を言える人物で望という名前が入っている人物は、李友望ただ一人でした」

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