第44話 ついていきます

 手紙を渡された任深持レン・シェンチーが深く息を吐く。目の前にあるそれがとても恐ろしいものに思えた。


「なるほど。これで、何故私が襲われたのか分かった」

「ええ。あちらは超国初代皇帝として李友望リィ・ヨウワンの言葉が正しく伝えられているのでしょう」

「才国とは違ってな」


 自身に不都合な事実が隠されて伝えられたのだろうか。それなら、手紙なんぞさっさと処分しているはずだ。まだ何か、辿り着いていないものがあるのかもしれない。


マァ宰相」

「はい」

「この手紙が超国と関係するものなのは分かった。その超国の場所だが、精霊の護符が破られた位置は特定出来るか?」

「すでに特定しています」


 馬宰相が地図を取り出す。才国のみならず、周辺国家全てが描かれた世界地図だ。そこに超国の文字は無いことを全員知っている。


「この辺りですね」


 指差した先は、才国から馬で二日程かかる山の中だった。


東東山とうとうさんか。あの辺は何も無いな」


 名前の通り東に位置する山で、獣道が酷く、よほど急ぐ以外にわざわざ通る変わり者はあまりいない。逆に、そこに何かがあっても目立たないとも言える。


「ここに超国があると思うか」

「あくまで私の予想ですが、村程度の規模ならあってもおかしくないですが、国ともなると、さすがに近隣の住人が分かるかと」


「だろうな」

「例えば、ここに私たちを誘い込みたいか、もしくは、本当に超国があって、法術によって隠されていると考えたら無いとは言えません」


 任深持が腕を組んで考え込む。地理に詳しくない夏晴亮シァ・チンリァンは付いていくのにやっとだ。王美文ワン・メイウェンは話に飽きたのか、紙に馬宰相の似顔絵を描き始めた。


「ちなみに、超国の場所、正しくは李友望の墓がある場所なら手紙に法術を施せば可能です」

「それを早く言ってくれ」


 馬宰相が任深持から視線を外した。


「申し上げれば、貴方様は行くとおっしゃるでしょうから」

「もちろんだ」


 精霊の護符が消えた場所と李友望の墓だと危険の度合いが違う。馬宰相が首を振りながら承知した。


「随分嫌そうだ」

「わざわざ危険な場所に我が主をお連れしなければならないですから」

「それが私の役目だ。もちろん、万全を期して臨む。宮廷付きの精鋭を集めて行こう」


 夏晴亮が任深持の服をつい、と引っ張った。


「任深持様、私もご一緒して宜しいですか」


 初めてされた「お願い」に、任深持はその手を振りほどけないまま答えた。


「危険過ぎる。貴方はここで待っていてくれ」

「それは私が女だからですか?」

「大切だからだ」


 それに夏晴亮が優しく微笑んだ。


「あら、なら私だって貴方が大切ですよ」


 予想外の応酬に、任深持が右手で頭を掴んで唸る。


「それは嬉しい……だが」


 どう説得していいか迷う任深持に夏晴亮が続けた。


「それに、私、毒見師ですよ。旅路の食事の方が毒を盛られる機会は沢山あります。必要な役職じゃありません?」

「ふふっ……任深持様の負けですわ」


 隣で聞いていた王美文が笑い出した。笑いごとではないのに、彼女が笑うとどうにかなりそうな気がしてくる。


「わ……かった。しかし、貴方には専属の護衛を付ける。守りの護符も持ってもらう。術師に攻撃から身を守る結界を張ってもらう」


「過保護~……」

「術師はなんでも屋ではありません。出来る限りは致しますが」


 任深持の心配性振りに馬氏マァし二人が呆れる。改めて、彼の側妃に対する想いの深さを思い知る。


「はい、決まり。申し訳ありませんが、私はお留守番させて頂きますわ」

「もちろんだ。父上たちとともに吉報を待っていてくれ」

「はい」


 こうして、才国側の進軍が決定した。もちろん、こちらに戦争を仕掛ける気は無い。李友望の墓が超国内ではなく空振りに終わる可能性もある。しかし結果がどうあっても、才国の未来の為、今は前に進むしかない。


「万が一を考えて、宮廷軍の一部隊を残し、それ以外は進軍に参加してもらう。術師は半分残し、結界の強化に努めよう」

「はい。各軍、術師に通達致します」




 翌日、宮廷付き軍が集められ、才国を纏う状況が告げられた。


 今回の目的は情報集めであること、超国と接触した場合話し合いを優先させること、相手の出方により戦争に繋がる可能性もあること。第一皇子が襲われたことは把握していたため、驚きより覚悟の声が漏れた。


「夏晴亮様。このたび軍の大将を命じられました、朱卓凡ヂュ・ヂュオファンと申します。以後お見知りおきを」

「はい。宜しくお願い致します」


 朱卓凡とは初対面ではない。偽金依依騒動の時に一度顔を合わせている。とは言っても話したことはないので、改めて挨拶をした。


 こうして諸々のことが決まっていくと、ついに旅立つのだと実感する。任深持に付いていく覚悟は出来ているが、果たして自分が役立てるのか不安も大きい。


阿雨アーユー、大変なことに巻き込んでごめんね」

『わんッ』


 今回の進軍の一員として、雨も一緒に行くことになっている。夏晴亮の専属護衛として任命されたのだ。




「出発は明後日だ。各々準備を頼む」

「はッ」


 任深持の言葉に気合の入った返事が聞こえてくる。彼らは自国の戦争こそ経験は無いものの、地方の争いごとや同盟国の戦争の手助けに出陣したこともある。戦果は上々、頼もしい面々である。


 ただ、今回の相手の力が全く予想出来ないのが悩みの種だ。超国に飛び込んで戦争になり軍勢が足りないとなれば、敗戦の二文字がこちらを襲うだろう。こちらの目的は勝つことではない。そこを見誤ってはならない。


任子風レン・ズーフォン様にはお知らせしたのですか?」

「ああ。泣いて詫びていた」

「泣いて……」


 一度だけ見かけた彼の姿を思い起こす。一宮女にも臆す態度は争いごとには向いていないかもしれないが、女相手に強く出ないと考えれば優しい性格とも受け取れる。


──それとも、女性が苦手、とかかな。ご本人とお話してみないと分からないや。


「一緒に軍を率いることが出来ず申し訳ないと言っていた」

「そうですか……でも、宮廷に残ってここをお守りするのもお役目の一つだと思います」


 任深持が目を細める。


「ありがとう。子風に会ったら、そう言ってやってくれ」

「はい」


 部屋に戻る際、ちょうど任子風とすれ違った。拱手し合っていたら任深持に目配せされたので、先ほどのことをそのまま伝えたら泣かれてしまった。繊細な第二皇子にも、早く平穏な日々が来ることを望む。


亮亮リァンリァン、私やっぱり」

「馬先輩、これは私が決めたことなので。私は自分で精いっぱいなのでお守りすることも出来ません。それに先輩に何かあったら、私、どうにかなってしまいます」


 雨が常に傍にいる夏晴亮と違い、軍人でも剣の修行をしたわけでもない宮女では、攻撃に遭えばたちまちやられてしまう。


「うん、ごめん。すぐ帰ってきてね。私だって亮亮が大切なんだから」

「はい」

「着替えは? 旅の食事も口に合うか心配だし」


 大事にしている妹が自分と離れて旅に出るとあって、馬星星マァ・シンシンの心配は尽きない。


「大丈夫です。ここに来るまではお腹空いた時は雑草でも食べていたんで、口に合わない食べ物は無いです」

「ううう、亮亮には幸せになってほしい……!」


 ぎゅうぎゅうに抱きしめられていると、後ろから雨も夏晴亮にくっついてきた。


「亮亮は今十分幸せです」

「亮亮~ッ!」


 正直に答えると、もっと力強く抱きしめられた。

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