第42話 為すべきこと

 任深持レン・シェンチーがふらりと一歩後ずさる。


「どうしました? どこかお体の調子でも?」

「いや、平気だ」


 まるで毒だ。任深持は思った。じわじわと体中に染みていき、すでに時は遅し。もう、彼女無しでは生きられない。それが幸せだと思う。これが恋というものか。


「あとは菓子でも見ていこう。日持ちするものなら数日分買ってもいいな」

「やったぁ!」


 食べ物のことになると殊更反応が良い。嬉しくなる半面、ここに来るまでの生活が悔やまれる。任深持と出会うまでの夏晴亮シァ・チンリァンはどれだけ苦しく生きてきたのだろう。貧富の差があるのは仕方ないにしても、自分の力ではどうしようもなくなった時に頼れる場所があるといい。


──そういう施設を作るか。


 順調にいけば数年で皇帝となる。今以上に責任の重い毎日となるが、困っている人に直接手を差し伸べられるようになる。現皇帝も優しく民からの信頼はあるものの、保守的で新しいことに挑戦することはない。そこを少しずつ変えていったら、より良い国となる。


「任深持様、失礼します」

「なんだ」


 わざわざ買い物中に話しかけるのだから、急ぎの用事だろう。任深持がマァ宰相に振り返る。


「精霊に付けていた護符の気配が消えました」


 それに夏晴亮も反応する。


「気配が? 護符が破られたということですか?」

「おそらく。傍目では見えないようにしていたのですが、超国の術師に見破られたのでしょう」


 金依依ジン・イーイーに化けた精霊を使役しているのだから、相当な術師がいるとは想定していたが、もしかしたらそれ以上かもしれない。


「才国の武将だった人物とその部下で建てた国ですから、古代から伝わるこちらの法術の仕方は全て把握されていると言って過言ではないと思います」


 馬宰相の話を黙って聞いていた任深持が提案する。


「よし、戻って宮廷図書館にある歴史書を片っ端から調べるぞ」

「承知しました」


 任深持が夏晴亮へ振り返る。夏晴亮は覚悟した顔でそれを受け止めた。


「夏晴亮。買い物が途中になってすまない。続きはまた必ず」

「はい。楽しみにしています」


 二人が二人でいる時間はまだまだ何十年もある。今は国の為に、為すべきこと為そう。四人は宮廷へと戻っていった。





 図書館の大テーブルいっぱいに才国の歴史書が置かれた。十数冊に及ぶそれは圧巻だ。夏晴亮が勉強のために渡された本と同じものもある。


 脊髄反射で頭がくらくらしてくる。しかし、今は勉強ではない。夏晴亮は読んだことがない一冊を手に取った。


「手分けして超国について書かれている箇所を確認しよう。特に場所の手がかりがあったらすぐ教えてくれ」

「承知しました」


 王族ならば幼い頃に才国の成り立ちを学んでおり、超国についてあまり情報が無いことも知っている。ただしそれは、知識として知る必要の無い範囲であることも一因になっているので、もっと詳しく突き詰めていけば、どこかに書かれている可能性は十分にある。


「超国は何故才国から独立したのですか?」


 夏晴亮が本とにらめっこしながら任深持に問う。


「国の規模が大きくなり、統率を取るのが難しくなったからだと言われている。本当のところ、それが正しいのかは分からない」


 任深持が緩く首を振る。


 自国の歴史として学習したことでも、時間が経ち過ぎて間違えた伝えられ方をしたり、意思を持って隠されたりすることがある。そのため、歴史書をもってしてもこれが正しいという証拠にはならない。


「しかし、一つずつ調べれば、共通する事項があるだろう。書簡が見つかるかもしれない。調べることは無駄なことではない」

「そうですね。頑張ります」


 思いがけず、励まされた気分になった。気を取り直して本を読み進める。


 全てを読まずとも、目次を確認してそれらしい箇所を読めばいいので、分厚い割には一冊にそう時間はかからなかった。ただ、望む答えはなかなか見当たらない。


 難しいかもしれない、そう諦めかけてぱらぱらと本を最後までめくっていた夏晴亮が、ある一点で手を止めた。


「何かあったか?」


 横から任深持が覗き込む。開いた頁は超国について書かれておらず、才国の役職が並んでいた。そこにひっそりと挟まれた紙が一枚。だいぶ古く、ところどころ色が変わっている。


「紙が挟まっていました……手紙、かな」


 それを開いた夏晴亮が首を傾げる。崩した文字がどうにも読みにくく、そのまま任深持へと手渡した。


「これは……」


 部屋にいた全員が集まる。任深持でもすらすらと読むことは難しい。

 白紙を一枚取り出し、分かりづらい文字を現代の書き方に直しながら一文ずつ読み解いていった。

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