第32話 新たな被害者
「わ、
早足で
「
「ええと、はい。そうです」
波乱な予感に否定したかったが、相手が相手だけに嘘を吐くことは出来ない。馬星星が渋々頷くと、王美文の息が異常に荒くなった。
「なるほど! それではこの手は馬牙風と血の繋がった尊い手ということに……!」
「王美文様……?」
「この手を触ったということは、実質馬牙風と手を繋いだも同然なのでは!?」
「王美文様! 戻ってきてください!」
思考が宇宙の彼方へ飛び立った正妃に叫ぶが、正妃の暴走は止まらない。
「生まれは同じなのかしら。そうだとしたら若い頃の馬牙風を知っているということ……? 若い頃はどうだったの? まだ草臥れていなかった?」
「くた? ええ、そうですね。若い頃と言っても、私が物心付く頃にはあちらは成人していましたけど、今と比べればそれなりに若々しかったかと存じます」
「そうなのね! それでいて、今の草臥れよう……何があったのかしら、日々の疲れ? 素敵な年齢の重ね方よね!」
「は、はあ……」
正妃と同じ方向性の好みを持ち合わせていないため、曖昧な返事となる。しかも、話題の中心があまり仲の良くない相手。こんなにも従兄妹が好かれていたとは思いもしなかった。そして全然羨ましくなかった。
──好かれて困るってこんな感じなのね。亮亮も最初かなり困ってたし、上の方から想いを寄せられるのって大変。
馬星星は結婚願望が強くはないが、全く無いわけでもない。しかし、この状況を傍から見ると、その願望が縮んでいくのを感じた。
──まあ、いつか。そういう人が出来たら考えればいいわ。
がくがく揺さぶられながら馬星星は遠い目をした。
「私はそろそろ失礼する。王美文も自重しろ」
「阿亮とお話したいのですが」
「明日にしろ」
「はぁい。残念」
王美文が優しく
「毎日お疲れ様。また明日」
「はい」
「それと、馬星星もよろしくね」
「はいッ」
ギラギラした瞳を向けつつ、最後まで賑やかな正妃が帰っていった。馬星星が傍にある机に手を乗せて息を吐く。
「つ……疲れた……」
夏晴亮が走り寄って馬星星の背中に手を当てた。
「大丈夫ですか? すみません、不用意に従兄妹だって言ったから」
「ううん、どうせいつかは知られることだし。それにしても、彼女が風兄を想っていたなんて驚きだわ」
夏晴亮が声を潜めて問う。
「馬宰相は、王美文様の告白を身分の違いで断ったと聞きました。その、彼は相手が身分相応だったら考えられたりは──」
「どうかしら。
「そうですか」
その時、夏晴亮はいつかの馬宰相の言葉を思い出していた。
『身分のことを考えなかったら、貴方の気持ちはどうですか』
──あれは私だけじゃなく、自分に向けての言葉でもあったのかな。
彼が本当に王美文をそういう対象として見られないのか、身分で遠慮したのかは分からない。しかし、これからも二人が結ばれることはないのだろうと思うと、複雑な気持ちになった。
「亮亮が気にする必要は無いわ。きっと恋にも愛にも興味が無いのよ。人は人、頼まれてもいないのに他の人が気にしたってお互い時間の無駄になるだけ」
突き放した言い方だが、正論だ。気にしてほしくないのに気にされたら、された方も対応に困る。助けを呼ばれたら、その時全力で助けたらいい。
「すごい。馬先輩、大人です。尊敬します」
「もっと尊敬してくれてもいいのよ~」
宮女の先輩後輩として、同室者として多くの時間を過ごしてきたが、それでも仕事中は別の場所にいたので、こうして毎日時間を気にせず会話出来るようになれて嬉しく思う。側室と付き人と関係性は変わっても、二人の距離は変わらない。
「じゃあ、夕餉まで復習でもしよっか」
「復習って、もしかして才国の歴史ですか……」
「そう。亮亮の苦手な歴史よ」
「うええ……」
夏晴亮は渋々、渋々歴史書を開いた。実にぶ厚い。まだ半分も読んでいない。まだ一冊目なのに。古い歴史を持つ国だということだけは理解した。
「じゃあ一行目から読んでみて」
「はい」
才国は千年を超える昔、一人の皇帝と四人の武将が諸国を統一したことで始まった。皇帝は武将に余る程の褒美を与え、民の意見を聴いた。負けた国の民も真面目な皇帝の態度を受け入れ、国民の数はどんどん増えていった。
その後、国が大きくなったため、武将の一人が才国の一部を引き受ける形で新たな国を建てる。しかし、その国に関する情報は徐々に減っていき、やがて無くなり、今ではどこに存在するのか分かっていない。
「そこまで。じゃあ、今度は歴代皇帝の名前を復習するよ」
「は、はい……」
すでに息絶え絶えの夏晴亮は横に置かれた飲み物を一気に飲み干した。勉強の中でも名前を覚えるのが苦手なのだ。
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