第25話 上司想いの罪人

「第二皇子は不器用で、何をしても貴方より目立たない。次期皇帝にもなれない。誰からも期待されていないのです。だから、貴方の評価が下がれば」


子風ズーフォンの評価が上がるとでも? とんだ茶番だ」

「そんな……そんなことは、分かっています」


 任明願レン・ミンユェンは頭が悪いわけではない。第一皇子を陥れたところで、第二皇子の実力が上がるわけがないことくらい、傍にいる自分がよく理解している。それでもなお凶行に走る程追い詰められていたということか。


「お前が第二皇子の力を信じなくてどうする。すべきだったのは、毒を盛ることではなく、どうしたら子風が成長出来るか一緒になって考えて行動することだったな」

「はい。申し訳ありませんでした……」


 彼の心情を考えると、どうにもすっきりしない幕引きとなった。


「あの、任先輩はどうなるのですか?」


 いくら死なないといっても毒は毒。彼の行為は罰せられるべきだ。第二皇子を想ってしでかした過ちのために、彼は第二皇子から離れなければならないだろう。


「お前は重罪を犯した。よって、宮廷追放とする」

「……はい」


 俯いた任明願に夏晴亮シァ・チンリァンは何も言えない。励ましの言葉を投げつけても、ただの気休めにしかならないのだ。


「第二皇子のことを、どうぞ宜しくお願い致します」


 最後まで自分のことではなく上司のことばかりだ。夏晴亮は心が痛くなった。


 抵抗することなく、任明願が連行されていく。彼は宮廷追放の身となった。二度と会えないのだろう。短い期間の出来事なのに、彼との会話が寂しく思い出される。


「すぐ追放されるのですか?」


 せめて別れの言葉くらいは交わしたい。そう思って任深持レン・シェンチーに尋ねると、軽い調子で返された。


「すぐではない。いつになるか、一週間後か、一か月後か」


 彼にしては曖昧な返事だと思う。夏晴亮は不思議に思った。


「まだ決まっていないということですか?」

「子風の付き人の後任が決まり次第だ」

「なるほど」


 第二皇子の付き人ともなると、慎重に決めなければならない。前任が罪を犯したからといって、目を瞑って適当に選択してはさらなる悲劇の種となる。


「まあ、私としてはあいつを問題視していない。しっかりした後任来るまではいつまでいたって構わない。ただ、それなりの反省をしてほしかったのだ」

「そうですね。任先輩は思いやりのある方です。やり方は間違えてしまいましたが」


 一人で考え込まなければ、もっと良い方向に進んでいただろう。彼の未来が少しでも良いものに変わることを願う。


「これで一安心ですね」


 ユーを撫でながら言う。彼は夏晴亮の言うことを聞き、立派に任務をやり遂げてくれた。後で思い切り遊んでやろう。横にいる任深持が首を振った。


「いや、これが解決しても、私への敵意が減っただけに過ぎない。実際に毒殺計画も立ったことがあったし」

「毒殺……!」

「お前が食べた饅頭があっただろう。あれは致死性の毒だ」


 任深持と初めて会った時のことを思い出す。あの時の彼は異形の怪物を見るような目をしていた。


「その時の犯人は捕まったのですか?」

「すぐに」

「犯人は追放されたとか?」

「もういない」

「いない?」


「もうこの世にいない」

「あ、そういう」


 聞かなければよかった。罪の重さに見合った罰を与える、当然な裁きだ。あの饅頭は美味しかった。ただし、あってはならないものだった。だから根絶する。きっとこれまでもいくつもあったのだろう。怖くて悲しい話である。夏晴亮は拳を握り締めた。


「私、これからも頑張りますね」

「頼む」

「それでは、そろそろ失礼します」


 今は毒見師の仕事で席を外しているが、宮女の仕事も待っている。夏晴亮が退室し、任深持とマァ宰相が残された。


「とりあえず、しこりが取れましたね」

「ああ」

「それで、貴方の一番の問題はどうなさいますか?」


 馬宰相が問いかけると、任深持が不敵に笑った。


「心配ない。手は打ってある」

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