第24話 取り調べ

 その名前に、夏晴亮シァ・チンリァンの顔が強張った。


 任明願レン・ミンユェン。いつも穏やかな話し方で、毒入れ犯人を探す手伝いをしたいと言っていた。その彼が何故。


「あ、任子風レン・ズーフォン様の指示で仕入れたとか」

「その可能性は十分にあるな。くそ、あいつがお前に近づいていたのも、犯人探しがどこまで進んでいるか情報を得るためだったのか」


 道理でいきなり現れて、妙に近い距離感で絡んできたわけだ。夏晴亮はようやく納得した。


「では、すぐに彼を呼びましょう」

「いや、念のため術師を二名程連れてきてからだ。このことを指摘されて、何をしでかすか分かったものではない」


 マァ宰相がすぐに術師を二名連れてくる。初めて見る顔だが、当然だ。普段、夏晴亮は後宮で働いていて、彼らは宮廷か外で働いている。


「第二皇子と側妃にはお伝えしますか?」

「まだいい。任明願が自白してからだ」


 もし、第二皇子の指示によるものであったら、知らせた時点で何らかの対応をされるか、逃亡する可能性もある。外堀を埋めてから慎重に行動した方がいい。


 全員で別室に移る。ここは罪人を尋問する間だそうで、今から部屋に結界を張ると術師が言っていた。


「結界を張れば、一度入った者は結界が解かれるまで退室することは出来ません」


 にっこりと怖いことを言われ、夏晴亮は恐怖し、感心した。すると、ユーが夏晴亮の前に立ち、術師を威嚇した。


「おや、さすがは高等精霊。主が命じずとも、自ら守りに入るとは」

「阿雨、こちらは術師の方々よ。味方だから、大人しくしていてね」

『くぅん』

「おやおや」


 間もなくして、任明願を迎えにいっていた術師が戻ってきた。もちろん、彼を連れて。


「何故ここに呼ばれたか分かるな?」


 任明願がそっぽを向いて言う。


「いいえ」


 これでは自白しているようなものだ。馬宰相が金箔が入った皿を彼に見せる。


「これが何か分かりますか」

「……黙秘しても?」

「結構ですが、無駄です。どこから仕入れているかはすでに調査済ですから」

「そうですか」


 ため息を吐いた任明願が端にいた夏晴亮を見遣る。夏晴亮は背筋を伸ばした。


「女神。貴方にバレたくなくて、どうにか犯人探しの任務から外したかったのですが。残念です」

「任先輩……」


 二人の間に第一皇子が割って入る。


「任明願。率直に聞く。これは子風から依頼されたことか?」


 その問いに、今まで静かだった声が大きく乱れた。


「違います!」


 一歩前に出た任明願が術師に止められる。任明願は言った。


「子風様は決して関係ありません。私の独断でやったことです。彼は何も知らない」

「では何故このようなことを?」


 聞いているこちらの胃に穴が開きそうだ。夏晴亮が硬い表情で行く末を見守る。


「それは……貴方の具合が悪くなれば、子風様の評価も少しは上がるのではないかと考えたからです」


──ん?


 評価とは? 


 毒事件にしてはなんだか目標が低い気がする。夏晴亮が首を傾げる横で、任深持が納得したように頷いた。


「やはりな。そんなところだろうと思った」

「毒といっても、お腹を下したり体調を崩す程度ですからね。これが大量だったらまた違いますが」

「えっ」


 驚いているのは夏晴亮だけだった。周りを見渡しても、彼女以外は呆れ顔ばかりで。


「死なない毒だったのですか?」

「ああ。だから犯人がはっきりするまでじっくり待つことにした。こちらには毒見師もいて安全だからな」

「そうなのですか」


 よかった。宮廷内に任深持を殺そうとする者はいなかったのだ。しかし、中途半端な毒をもって自身を危険な位置に落とすとは、上司に花を持たせたいにしては待っている結果が重すぎる。任明願が肩を落とした。

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