第22話 近づく

「そういえば、第二皇子にど毒見師はいないのですか?」

「いない。あいつは毒を入れられたことがないから、特別毒に明るい人間を配置する必要が無いのだ」

「一度だけ入れられたことがあるそうですよ」


 マァ宰相の言葉に二人が振り向く。


「なんだって?」

「最近のことです」

「私は知らなかったぞ」

「大したこともなかったので」


 これが任深持レン・シェンチーであれば日常茶飯事であるが、任子風レン・ズーフォンともなると初めての暗殺事案ではないか。それでも、誰にも被害が無かったから大げさに騒がなかったということか。


「いつもは任明願レン・ミンユェンが毒見をしているのだったか」


 見知った名前に、夏晴亮シァ・チンリァンが注意深く聞く。


「そうですね。毒を入れられる可能性が極めて低いので、わざわざ罪人を連れてくるのも面倒だと彼がしているとききました」

「なら、よく無事でいられたものだ」


「ほとんど食べないうちに気が付いたそうですよ。不幸中の幸いでしたね。その後料理長を叱咤したそうですが」

「は、余裕が無いな」


 任深持が鼻で笑うが、夏晴亮にとっては他人事でいられなかった。


 付き人として、調理をする責任者を叱ったというところだろうが、悪いのは料理人ではなく毒を入れた犯人だ。しかし、王族に出す料理を作っていることで何かしらの責任を取らなければならない。厳しい世界である。


 二人の会話を聞く限り、第一皇子の毒事件は誰かが責任を取ったりはしていないようだ。に夏晴亮は任深持を見直した。


「さて、今日はここまでにしましょう。夏晴亮、雨、何か気付いたことがあったら、すぐ知らせてください」

「分かりました」


 任深持の部屋を出て食事場へ向かう。考えるのはやはり毒のこと。もう少しで分かりそうなのに、あと一つくらいひ情報が手に入れば。


 考え事をしながらおかわりを三回する。頭を使うと腹が減るのだ。しっかり腹十分目まで満たして歩き出す。後宮の廊下を歩いていると、任明願とすれ違った。


「女神、毒を入れた犯人を探しているそうですね」

「はい。まだ絞り込めていませんが」


 さすがに相手の上司を疑っているとは言えず、曖昧に答えておく。すると、両手を任明願のそれに包まれた。


「とても危険です。貴方が心配だ。私に任せて貴方は安全な場所にいてください」


 夏晴亮が任明願の手からやんわり逃れて答える。


「ご心配有難う御座います。でも、私、結構丈夫なんです。怖くないと言ったら嘘ですが、毒に関しては免疫がありますので心配なさらないでください」

「そうですか……是非、何かありましたら私も協力させてください」

「有難う御座います」


 眉を下げて心配そうな顔をする任明願に礼を言って通り過ぎる。申し出は有難いが、犯人候補が身近にいるので、動いてほしくないのが本音だ。


「そうだ。任先輩は──」


 夏晴亮は部屋で少々時間を潰した後、調理場へ向かうことにした。今なら下げられた食器洗いの仕事も終わり、料理長も時間が話をするくらいなら取れるだろう。


「すみません、料理長はいらっしゃいますか」

「おや~美少女!」


 先日会った料理人が話しかけてきたが、素直に料理長を呼んできてくれた。料理長は不思議そうな顔をさせる。


「こんばんは。今日の毒見の仕事はもう無いが、どうしたかな」

「その、ちょっとお伺いしたくて。別室とかに移っても平気ですか?」

「なら、控えの部屋があるからそこに行こう」


 調理場の横が料理人たちの控部屋らしく、料理長に連れられて中に入った。幸い誰もいない。ここなら秘密の話が出来る。


「突然押しかけてすみません」

「いいさ。もう今日の仕事はほとんど終わっている。さて、質問とは何だろう」


 夏晴亮は料理長に任明願のことを聞くことにした。毒のことで彼が料理長に怒るところがどうにも想像出来ず、詳細を知りたかったのだ。


「第二皇子に一度だけ毒が入っていたことがあったと伺ったのです。その時任先輩、任明願が料理長を叱咤したと……具体的に何をおっしゃっていたか覚えていますか?」


「ううん、あの時か。毒入れの犯人探しで必要なことかな」

「はい。今いろいろ情報を集めていまして」

「なら話そう」


 料理長がかしこまった顔で頷いた。


「彼は毒が入っていたことで責めたわけではないんだ」

「え! そうなんですか?」


「うん。彼はそんなに横暴な性格ではない。もちろん、毒が入っていると見抜けなかった私に責任が無いとは言えないが」


「そんな、見ただけでは毒が入っているかは分からないと思います。でも、そうですね。彼が毒について怒ったというのを聞いた時は疑問に思いました。怒っていなかったのですね」


 夏晴亮が安心していると、料理長はわずかに首を振った。


「いや、毒については何も無かったが、それ以外のことで叱られたよ」

「毒以外ですか?」

「あの日は新人が間違えて酢を使ってしまったんだ。第二皇子には入れてはいけなかったんだが」


「食べたら具合が悪くなるとか?」

「単純に好き嫌いの話らしい」


 元々拒否しているものが入っていたのなら、そちらは調理場の責任だ。しかも相手は王族。面目を保つため、任明願も厳しくしたのかもしれない。

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