第20話 しおらしい第一皇子
「失礼します」
扉を開けると、
「そこへ座れ」
「はい」
任深持の声がやや硬い気がする。彼の席からやや離れたところに座り、毒見の皿に料理が取り分けられている様子を見守った。
「どうぞ」
「有難う御座います」
皿に少しだけ顔を近づけて匂いを嗅ぐ。
「毒、ですか?」
「……匂い的に恐らく」
頷いてから、料理を口に入れる。やはり毒だ。今週はまだ一度も無かったので、そろそろかと思っていた。
「はは、さっそく罠に掛かったか」
任深持が意地悪く笑う。彼にとっては、夏晴亮が来る前から悩まされている長年の悩みであろう。
「夏晴亮、もう食べなくていいぞ」
「ええッせっかくのお料理が……そういえば、毒が入っていた時は任深持様は何を召し上がっているのですか?」
「お前たちに用意される料理と同じものを食べる」
「なるほど、じゃあ」
夏晴亮が任深持から遠ざけられた毒入りの皿を見つめる。ごくりと喉が鳴った。
「あのお料理は処分されるのですね」
「当たり前だろう。誰が食べるんだ」
「私が食べます!」
「お前の頭は豆腐か!?」
元気よく手を挙げた夏晴亮に、思わず任深持が立ち上がる。いくら毒が平気だと言っても、全ての毒に無毒化出来るとも限らない。
「えぇ……せっかくのお料理が……」
止めなければ皿に飛びつきそうな様子を見て、馬宰相がある提案をした。
「そんなにお腹が空いているのでしたら、今から夏晴亮の分も持ってきましょう。それなら、食事場へ向かわずとも早く食べられますよ」
「わ、いいんですか! 有難う御座います!」
「沢山お持ちしますね。それと、雨を連れてきます」
「宜しくお願いします」
馬宰相によって、ようやく毒が遠ざけられた。任深持が息を吐く。あのままでは確実に夏晴亮は毒を喰らっただろう。良い意味で言えば、実に逞しい女性である。
──こいつといると、私が悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなる。このくらいあっけらかんとしている方がいいのかもしれない。それでも、毒をわざと食べようとは思わないが。
「夏晴亮」
「はい」
「その、すまなかった。しつこくして」
夏晴亮が目を真ん丸にされる。いつも高圧的な物言いをする自信満々な彼が、まさか一宮女に謝るとは。
「いえ、全然。私は平気ですので、謝らないでください」
「分かった」
しばしの沈黙の後、
「阿雨、お疲れ様」
『くぅん』
「そこにいるのか、犬が」
それを任深持が不思議そうに眺める。彼には精霊が見えないため、夏晴亮が一人で会話しているように見えるのだろう。
「はい。真っ白い、とても賢いわんちゃんです」
「そうか」
いつか彼にも見えるようになればいいと思うが、元々視える者以外は術師の学び舎に通い、修行を積まなければならない。それでも視えない者は視えない。だから、素質があるか入学試験があると言っていた。
「夏晴亮、こちらをどうぞ」
「有難う御座います」
馬宰相から第二皇子親子の似顔絵を受け取る。それを雨の前に差し出した。
「調理場にこの人たちは来た?」
問われた雨がふるふる首を振った。夏晴亮と馬宰相が顔を見合わせる。
「じゃあ、誰でもいいから、調理場を訪ねてきた人はいる?」
その問いにもこ首が縦に振られることはなかった。夏晴亮が不安気な声を出す。
「どういうことでしょうか」
「なんだ、犯人は来なかったのか?」
「ない。誰も調理場には入っていないそうです」
「それなら、料理人の誰かということか」
結果だけを見ればそうなる。しかし、そんな簡単なことでは済まされない気がした。
「もしくは、そこにいなくても入れる方法があるということですね」
馬宰相の言葉に二人が頷く。
「例えば、法術で毒を入れることは可能ですか?」
「いえ、物理的に何かを出すとか、物を飛ばすなどは出来ますが、術師が存在しない場所でするとなると難しいと思います」
「精霊なら料理人に知られずに入れられそうですけど、それなら阿雨が反応しますよね」
三人集まっても、なかなか犯人が絞り込めない。つまり、まだ情報が少ないということだ。
ぐうううう。
食べずに気を張っていたので、夏晴亮の腹が悲鳴を上げた。
「えへへ、大事な話し合いなのにすみません」
「いえ、冷める前に召し上がりましょう」
「有難う御座います!」
優しい上司の元、夕餉にかぶりついた。横で任深持が一人前を食べ終わる頃、夏晴亮は多めに用意された三人前を空にしていた。
「あ」
「どうした」
夏晴亮が皿を見つめて言う。
「今食べた料理には何も載ってませんでしたが、先ほどの料理には金箔が散らしてありました。王族用ってことですよね、あれに元々毒が入っていたら」
「良い線ですが、金箔は第二皇子にも入っております。皇帝や皇后はまた別の調理場で専用の食材から調理しているので入っているかまでは把握していませんが」
「ううん、では違いそうですね。残念」
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