第3話 第一皇子

亮亮リァンリァンッッ第一皇子からお呼び出しがかかっているけど、何かしたの!?」


 三日後、一番可愛がってくれている先輩宮女の馬星星マァ・シンシンが大慌てで部屋に入ってきた。心当たりが無くてきょとんとしていると、馬星星が両手で夏晴亮の肩を掴んでがくがく揺らした。


「皇子……とは……?」

「ここで働いてて知らないの!? とりあえず早く行ってきて!」

「え、え、馬せんぱ」

「行けば分かるから!」

「い……」


 全くもって分からない。何があったのか。名前を呼んでいる途中で廊下に放り出された。行けば分かると言われてもどこに行ったらいいかすら分からない。


 馬星星は「第一皇子」と言っていた。宮女として働いているのだから、皇帝や皇子がここに存在していることくらいは知っている。が、まだ働き始めて数日の身分では姿を見たことすらない。


「皇子様だから、豪華そうな方へ進めばいいかな」


 廊下の先をじっと見る。全然分からない。ここにある全てが夏晴亮シァ・チンリァンにとっては豪華で派手なものだから、宮女の部屋と皇族の住まいの違いすら分からない。

 適当に歩いていると、良い匂いが漂ってきた。


「昼餉の匂い……!? きっとこっちだ!」


 正解かどうかは置いておいて、本能に惹かれるままふらふら歩いていった。


「夏晴亮!」


 匂いが強くなった部屋の前で女官が立っていた。夏晴亮を見るや否や焦った様子で腕を掴んでくる。


「お疲れ様です」

「まだ疲れてない! 早くこちらへ、任深持レン・シェンチー様がお待ちよ。くれぐれも無礼の無いように」

「はぁ……」


 第一皇子も任深持の名前も何一つピンとこない。くるのは部屋の中の匂い一つだけだ。女官に押されながら部屋へ押し込まれる。これから何が起きるのか。


――出来れば美味しいことが起きてほしいなぁ。


「失礼します。夏晴亮です」

「待っていたぞ」

「あれ……あれ……?」


 豪奢な椅子にふんぞり返ってこちらを見る男がいる。その顔に見覚えがあった。男の後ろに痩せこけた厳しい顔の男が姿勢正しく立っている。


「あーッ私を毒見師に任命した人!」

「この失礼極まりない女性が貴方様のおっしゃる毒見師ですと?」

「……ああ」


「ところで第一皇子はどちらに? 何故か私が呼ばれまして」

「これが?」

「…………ああ」


 こめかみを痙攣させながら男が立ちあがった。


「私を知らないで請け負ったのか」

「えと、はい」


 男がつかつかこちらに歩み寄り、夏晴亮の前で声を張り上げた。


「私が才国第一皇子の任深持だ。その愚かな頭によぉく叩き込むように」


「ええ……ッッ!!」


 まさかそんな。世間に疎い夏晴亮シァ・チンリァンでもさすがに分かる。先ほどの発言がとんでもなく失礼なことだと。


「どうしよう! 私解雇ですか! それなら最後に美味しい物を食べてから!」

「ええいッ相変わらず卑しい奴め! それならこれを食べてみろ」

任深持レン・シェンチ―様、それは」

「いいんですか! 食べます食べます。有難う御座います!」


――なんて気前の良い皇子だろう! お皿に載ってる料理全部食べていいのかな。


 もしこのまま暇をもらうことになれば、食べ物が一番の心配だ。この際、腹が千切れるまで食べてから辞めたい。口に入れようとしたその時、もう一つの扉から男が飛び込んできた。


「第一皇子! やはりお止めになった方が!」


 少々腹の出た中年の男だ。恰好から察するに、宮廷お抱えの料理人だろう。


「問題無い。この前の饅頭を食べた女だ」

「ですが、こちらは全部食べたら致死量になってしまいます」

「この量を全部食べるはずないだろう。三人前だぞ。なあ、夏晴リァ、ン……!?」

「んぐッは……ッ! まさか、皇子様の分残した方がよかったですか!」


 話の流れ的に食べていいのかと思い、男たちの会話をよそに夏晴亮は皿に盛られたほとんどを食べてしまっていた。


「全部食べた!」


 料理人がその場に崩れ落ちる。夏晴亮が慌てて走り寄った。


「大丈夫ですか? もしかして食べたかったとか……あとちょっとなら残ってますよ」

「違う!」

「何故お前は斜め上の反応をするのだ」


「違うんだ」

「本気か……」


 料理人を助け起こす最中も、料理の残りが気になってちらちらテーブルに視線を送ってしまう。任深持が息を吐いて言った。


「それならお前の食べっぷりに驚いただけだ。全部食べたいなら食べていい」

「やったぁ。では遠慮なく残りも頂きます!」

「今までも遠慮してないだろ」


 こんなに豪勢な料理は初めて食べる。味も文句の付けようがない。全ての皿を綺麗に平らげて腹を擦っていると、痩せた男が呻いた。


「まさか食べ終えてなお立っていられるとは……」

「だから言っただろう。私自身この目で見たと」

「ですが、実際確認しないと信じられるものではないでしょう」

「それで、実際に見た感想は?」


 男は夏晴亮を見て、眉間に皺を寄せて首を振った。


「未だに信じられません。が、信じる他ありません」


「はは。だろう?」任深持が意地悪く笑った。

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