第2話 毒入り饅頭

「ご飯探して歩き回るより疲れた……」


 湯あみと着替えが済んだ夏晴亮シァ・チンリァンは、さっそく命じられた掃除を懸命に行っていた。綺麗にしてもらえて大変有難いと思いつつも、今までの生活を考えると掃除の方が性に合っている。ひらひらした服にもまだ慣れずたまに転びそうになるが、毎日身に着けていればどうにかなるだろう。


「よし、廊下はこれで終わりかな」


 部屋の中は新人には任せられないらしく、ただ拭くだけの掃除をひたすら行った。満足気に顔を上げる。夏晴亮の口がポカンと開いた。


「はて、掃除が終わったのはいいけど、部屋はどこだっけ」


 宮女に用意された部屋に戻りたいのに、右を見ても左を見ても、見慣れぬ廊下が広がるばかりで。夏晴亮はその場で深呼吸をした。


「それにしても、ここはいつでも良い匂いがしていいなぁ。んん、何やら甘い匂いが……あれは!」


――お饅頭だぁ~~~~~ッ!!


 夏晴亮の視線の先には饅頭を持った男がいた。豪奢な漢服に、髪を全て結い上げた凛々しい印象の青年だ。迷子だったことも忘れ、一目散に駆けていく。夏晴亮に気付いた男が夏晴亮に気が付き睨んでくるが構わない。夏晴亮は髪の毛を乱しながら言った。


「あっ、と、すみません。そのお饅頭をどうされるのかなと気になりまして」


 初対面の相手にねだることが出来ず、夏晴亮は当たり障りのない問いかけをする。男の顔が苦痛に歪んだ。


「まさか、これを私に食べろと言うのか?」

「いえ、とんでもない。ご自身の自由にされたらいいかと存じます……が、実に美味しそうな匂いですね」

「なんだこいつ……」


 男が夏晴亮から二歩程離れ、饅頭を放り投げた。その軌道に合わせて夏晴亮が飛び上がった。「大変!」


 反射的にそれを掴み、そのまま口にした。男は呆気にとられ、動けずに見守ることとなった。


「た、食べた……」


 夏晴亮がお辞儀をする。


「つい癖で。申し訳ありません」

「あれは毒が入っていたんだぞ!」


 男が力の限り叫ぶ。夏晴亮は訳が分からず首を傾げた。


「毒、とは……?」

「な、なんともない、のか……!?」


 両肩を掴まれ、男に揺さぶられる。それでも具合を悪くする様子を見せない夏晴亮に男が顔を青くさせた。


「何ともないとです。ちょっとぴりっとしていて美味しかったです」

「美味しいだと!? 即効性の猛毒だぞ!? 毒を食べていないのに当てられて、私は幻覚でも見ているのか……?」


 ふらふら倒れ込む男を抱き支える。一人で生きてきたため、そこらの男より腕力はある。そこで初めて男としっかり見つめ合った。途端、男は顔どころか首元まで赤くさせた。


「離れろ! 一人で立てる」

「分かりました」


 平気なのであれば、夏晴亮が支える必要は無い。言われた通りすぐに離れたら、男に睨まれた。


「……お前、新人宮女か。名はなんと言う」

「夏晴亮です。顔が赤いですが、平気ですか?」


 右手をそっと頬に当てる。すぐに振り払われた。


「平気だ。しかしそうか、毒を食べても問題無いとは……分かった」


 男は夏晴亮に指を差して言った。


「夏晴亮、今日からお前を宮廷毒見師に任命する!」

「毒見師ィ!?」


 自信あり気に宣言されたため驚いたが、はて、毒見師とはいったい何だろう。


「あの、毒見師とはどういう仕事なのでしょう」

「ふん。言葉の通りだ。私は立場上、命を狙われることがある。それから守るため、夏晴亮が私の食事の毒見をするのだ」

「な……なるほど!」


 夏晴亮が力強く頷くが、実際はよく分かっていない。それでも、食事という単語で「食べ物が食べられる」ということは理解出来た。


「美味しそうな仕事ですね!」

「お前、適当に言ってるだろう」

「そんなことは、あります!」


「だろうな。ちなみに今までは適当な宮女を呼んでやらせていたが、毒を盛られる頻度が高くて逃げられてしまっている。そのため、専属の毒見役を立てることになったのだ。つまり、それなりの仕事ということだ。やるか?」


「やります!」

「そうか……」


 男はこれ以上の説明を諦めたようで、夏晴亮を置いて歩き出してしまった。


「どちらに? その仕事はもう始まりますか?」

「必要な時に呼ぶ。それまでは通常業務を行え」

「分かりました!」


 ぎこちない拱手で男を見送る。夏晴亮がはたと気が付いた。


「そういえば、ここがどこか聞くの忘れた! 部屋に戻れない!」


 結局、先輩宮女に見つけてもらうまで廊下を彷徨い続けていた。

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