第4話 毒見師任命

「えッお暇を頂かなくていいのですか!」

「ええ。そもそも、最初からそのようなことは申し上げておりません」

「そ、そうでしたか」


 任深持レン・シェンチ―の傍に立っていた男は馬牙風マァ・ヤーフォンと名乗った。今は二人部屋に残り、彼から説明を受けている。料理人は覚束ない足取りで、後から来た同僚に支えられながら去っていった。


「宰相をしております。以後お見知りおきを」

「ご丁寧に有難う御座います。宜しくお願いします」


 丁寧に拱手されたため、慌てて同じく返す。夏晴亮シァ・チンリァンは教養ある所作に慣れておらず、この対応で合っているかさえ分からない。


「それでは改めまして、貴方を才国第一代目毒見師に任命致します」


 馬牙風が一枚の白紙を手に取り、そこへ指を滑らせる。何も書かれていなかったのに、上から順々に文字が浮かんだ。夏晴亮が前のめりになる。


「うわぁぁ魔法だ」

「法術です」

「ほうじゅつ」


――法術ってなんだろう。まあいいか。すごいってことは分かるし。


「法術を扱う者を術師と呼びます。宮廷内に学び舎がありますから、貴方も才能があれば通うことも出来ますよ」

「そうなんですか」

「そうです。ではこちらを厳重に保管しておくように。私はこれで」


 先ほど法術で書いた任命書を手渡される。始終真顔の宰相は音も無く去っていった。


「なるほど。これが任命書……」


 有難い紙に有難い書体で書かれている。が、夏晴亮は字を読むのがあまり得意ではないため、達筆な文字では半分程しか読めなかった。


「あ、名前は読める。綺麗な文字だなぁ。法術か、格好良い」


 才能があれば学無しの自分でも通えると言ってもらえた。

 学び舎に通ったことのない自分にとって、学ぶということは憧れだった。


「入学試験とかあるのかな。今度宰相さんに会ったら聞いてみよう」


 部屋から出ると女官はいなくなっており、またしても夏晴亮は帰る術を失くした。




 半刻程さ迷い歩き、ようやく自室に戻ることが出来た。任命書は握り過ぎて、すでに皺がよっている。部屋の前で慌てて皺を伸ばした。


「うう、ちょっと跡が残っちゃった。大切にしなきゃいけないのに……あれっ」


 扉の下に花が一輪落ちていた。


「誰かが落としたのかな」


 匂いを嗅いでみる。とても優しい匂いだ。しかし、残念ながら食べることは出来ない。


「せっかくだし飾ろう」


 花瓶のような上等な物は無い。備品の湯呑みに水を張り、茎を少し切ってそこへ入れる。


「ふふ、美味しそ」


 いつか花も食べられるようになる日が来るといいと思う。この後宮の庭は年中花が咲いていると聞いた。もしそれらが食べられるなら、咲き終わる頃に摘み取って、有難く全て口に入れるのに。


「でも、ここにいれば、食べ物に困ることがないからいいか」


 少しまでは暖かい家や食事など贅沢なもので、日々の生活すらままならなかった。ここにいさせてもらうだけでもう十分。


 さらに今回、正式に毒見師という職に任命された。どうやら、毒があるかどうか見定めればいいということらしい。新しい仕事に気合が入る。


「第一代目って言ってたよね。もしかして重要な仕事だったりするのかな。毒も美味しいと思うんだけど」


 もしかして、他の人は毒が入った食べ物を食べられないのだろうか?


 夏晴亮は考えた。


 そもそも、毒という言葉を聞いたこと自体饅頭の時が初めてで、毒が何に作用するかも理解していない。しかし、毒入りの食べ物を食べると周りが驚くので、良いものではないらしいということまでは分かった。それ以上は今の時点では推測の域を出ないので諦めた。追々説明があるだろう。


「ぴりっとしてる美味しい調味料かと思ったけど」


 とりあえず、緊急の呼び出しは完了した。掃除の仕事に移ろう。後ろを向いたところで、ちょうど同室者が帰ってきた。


「馬先輩、戻りました」

「亮亮! 大丈夫だった!? 辞めさせられることにはなってないよね?」

「はい。皆さんお優しかったです」


 辞めるどころか、食べ物を沢山もらい、新しい仕事までもらえた。にこにこして答えるが、馬星星マァ・シンシンは不安気だ。


「だって、新人がいきなり第一皇子に呼ばれるなんて異例よ。あ、まさか、可愛いから見染められたとか?」

「見染め? いえ、新しい仕事を頂いただけです」

「新しい仕事? 掃除以外で?」

「はい。これです」


 任命書をそのまま渡す。隅々まで確認した馬星星が震え出した。

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