さんにまつわるあまたのはなし

葛猫サユ

第1話

「チャンスは残り三回です」

 どこか楽しげな声は告げた。キーは高めで、ガラスじみたソプラノだった。

 三回。三。三度目の人生を送るボクに、この数字は結構馴染み深い。

 あれはボクが三×一歳の時。両親が激しい口論の末に離婚し、婿入りだった父は物心つかないボクを同じ学区内の小さなマンションへ連れて行ったらしい。

 あれはボクが三×二歳の時。交通事故で頭を打って大怪我をした。大型車に撥ね飛ばされたボクは、地上高三メートルまで飛んでいったらしい。

 あれはボクが三×三歳の時。ボクに義理の妹がいたことを伝えた父は、その三時間後にぽっくりと亡くなってしまったらしい。

 あれはボクが三×四歳の時。人生初のプロポーズを受けた。彼女に振り回されつつ充実した青春を三年間謳歌して、進学を理由に別れたらしい。

 あれはボクが三×五歳の時。当時世間を騒がしていた新型ウィルスがボクに感染し、高熱で三回嘔吐した。校内の感染者はボクが三人目で、これ以上増えることはなかったらしい。

 そしてボクが三×六歳の時。つまり今この時、ボクの部屋に放置されていた段ボールから、三回のチャンスが送られてきた。ボクの記録した記憶の中では、三の倍数で、ボクと三に由来する事件が起こる。らしい。

 さっきからくどく『らしい』を用いているのは、ボクのような心身ともに現在進行形で成長を続ける未成年の記憶というのは主観的で、どれもこれも確定したものではないから。それでもこれらが疑いようのない事実としてあるのは、記憶というものがボクの中できちんと整理されて記録されたものだからだ。

 改めて、机に置かれたその装置を観察する。パルテノン神殿を連想させる意匠が彫り込まれた横長の直方体で、例えるならオルゴールに似ている。開かれた上蓋の裏は小型の液晶になっていて、そこにはデフォルメされた二頭身のキャラクターが屈託ない笑みを返してくれる。中身にはさらに小さく細長い装置が薄い桃色のイヤホンに繋がれている。

 ボクはこの装置について知っている。M/M変換の記憶音楽。記憶を符号コード化して、情報として定義コード化した譜面を鳴らすための装置。そしてボクの知る限り、これに収められたファイルをただの音楽ファイルではなく当人の体感した記憶ファイルとして正しく処理できるのは、ボクの脳内に展開されているニューロチップだけで、これが今から半年前、ボクが『三番目のボク』になる前からこの部屋に置いてあった。

 何故?

 脇に置いた段ボールを確認すると、送付元には『アマタより』と書かれている。

 線香花火にも満たない火花がチリチリと燻るようなイメージが、頭と首の境を巡る。目を閉じてイメージに集中すると、脳裏のニューロチップがインターフェースを開く。フォルダ分けされた記憶ファイルの中から、『アマタ』の名前を探し出す。と言っても、特別なことじゃない。ただ自分の記憶を、記録としてシステマチックに呼び出すイメージで、外から見ればただ思い出を振り返っているに過ぎない。

 アマタ。振り返ってみれば、ボクの記録する大小の出来事に、三田アマタはいつもその中心にいた。

 最初は六歳の時、つまりは三×二歳の時だった。

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