第25話 「なんでもないよっ」
理由も告げず俺の手を突然握って走りだした聡乃に連れられて、俺は水族館の出口までやってきた。
聡乃がなぜ突然俺の手を握って走り出したのかはわからないが、とにかくいつも通りの元気な聡乃に戻ってくれたようでホッと胸を撫で下ろす。
「ふぅーーーーっ。久々にこんな距離走ったけどなんか清々しいね」
「……そうだな」
水族館を出口まで走って行けば、いくら順路の途中からとはいえ流石に体力を大幅に削られてしまう。
今は話の流れに合わせることにしたが、清々しいというよりも普通に疲れたというのが本音である。
「あっ! 二人ともっ! よかったー合流できたんだねー!」
俺たちとは反対方向から走ってきたのは月野だ。
俺は出口方面を、月野は入口方面を捜索していたが、この水族館は円形になっているので合流できたようだ。
「ごめんね莉乃。今日は莉乃が勇気を出してセッティングしたっていうのに私のせいで台無しにしちゃって」
……勇気を出して? 月野は何に勇気を出す必要があったのだろうか。
仮に俺が月野を水族館に誘うとなれば、勇気を出さなければならないのはわかる。
しかし、月野のように人気者で基本陽キャグループに所属している月野が誰とも関わりのない陰キャの俺を水族館に誘うのに勇気なんて微塵も必要ないはずだ。
まあ探偵の仕事で俺が基本忙しいのは知っているはずなので、邪魔になるかもしれない、というほうで誘うのに勇気が必要だったのだろう。
「気にしないで。私としてもこんな形でライバルに離脱されたって嬉しくないから。でも一つ借りができたってことで、次は私の番だからね」
「……うん。わかった」
聡乃と月野は会話の内容をお互い理解し合っているようだが、俺は二人が何の話をしているのか全く理解することができない。
「……おいさっきから何の話してるんだ? 二人で勝手に話を進められても全くわからないんだが」
「なんでもないよっ。ねっ、莉乃」
「うん。なんでもない」
「……絶対なんかあるだろそれ。俺の探偵の感がザワザワ騒いでるわ」
まあ月野と聡乃が楽しそうに笑みをこぼしているので、これ以上追求するのはやめておこう。
「何にもないったら何にもないの」
「わかったよ。それじゃあ水族館もう一回見て回るか?」
「……ううん。もう帰ろっか」
聡乃はもう一度水族館を見て回りたいというかと思いきや、俺の予想に反して帰ろうと言い出した。
「え、もう帰るのか?」
「うん。十分楽しんだからねっ。いい思い出のまま終わりたいし」
「……いい思い出って何かあったか?」
「それも内緒。女の子ってのはミステリアスなくらいが丁度いいんだから」
「はいはい」
俺は聡乃が何を言っているのか理解できないまま水族館を後にすることになった。
まあ聡乃にとって今日の水族館がいい思い出になったというのなら、無理にもう一度水族館を見て回る必要は無いのだろう。
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