第24話 「毎日可愛いと思ってるから」
「……昔水族館に来たときもさ、聡乃が迷子になってペンギンゾーンに座ってたの覚えてるか?」
「……え? そんなことあったっけ?」
俺は先程イルカショーの会場へと急いで走っていく子供たちを見て、昔の記憶をほぼ全て思い出していた。
俺が思い出した記憶の中には、聡乃が俺に怒っていた理由であるイルカショーを二人で見にこようという約束以外の記憶も多く含まれていた。
その中の一つに、聡乃が迷子になったという記憶があった。
完全に忘れてしまっていたが、イルカショーが終わってテンションが上がっていた聡乃は興奮した勢いで俺たちが目を離した隙にいなくなり迷子になったのだ。
そのときもやたら無闇に探すのではなく、聡乃が行きそうな場所を考えに考え、俺は母親にこう伝えていた。
『聡乃は寂しがりやだから、一人にならない場所に行くと思う』
聡乃は一人が嫌いで、毎日のように俺の家に遊びに来たり俺を無理矢理自分の家に呼び出したりしていた。
なぜそんなに俺と一緒にいたいのかと訊いたとき、聡乃は『一人って寂しくて嫌いなんだもん』と言ったのだ。
それを覚えていた俺は、聡乃は一人にならない場所に留まるだろうと考えた。
そして水族館の中で聡乃が一人にならずに済む場所を考えた俺はペンギンゾーンへと向かい、聡乃を見つけ出したんだ。
「……聡乃も忘れてんのかよ」
イルカショーを二人で見ないか約束については覚えていた聡乃だったが、自分が迷子になった記憶については覚えていなかったようで、俺は少し安心した。
「そ、そんな昔のことなんて覚えてるわけないじゃんっ--」
聡乃は俺にそう言って、突然ピタリと喋るのを辞めてしまった。
「ははは……。そうだよね。そんな昔のことなんて覚えてるわけないよね。自分で怒って自分も昔のこと忘れてて、本当最低……」
「聡乃、ごめん。安易に月野と三人でイルカショー見にいこうとうとして」
「--え? 覚えてたの?」
「……すまん。さっき思い出した」
「……いや、仕方ないよ。私も自分が迷子になって昔もここに来たこと忘れてたから。覚えてなくても思い出してくれたことが嬉しい」
そう言って俺に笑顔を向けてくる聡乃の表情に、不覚にもドキッとしてしまった。
幼馴染の聡乃はどちらかといえば兄妹のような感覚なので、これまでそんな感情を抱いたことはないというのに。
「いや、また何か改めて謝罪させてくれ。なんでもおごるから」
「じゃあ回らないお寿司で」
「……善処する」
「ところで私が駅で何を言ってほしいのかはわかった?」
昔のことばかりに目がいってしまい、駅で聡乃からそんなことを訊かれたことは完全に忘れており、俺は言葉を詰まらせる。
「え゛っ」
「……やっぱり許してあげない」
「ごめんって! 本当ごめん! 全力で謝るから!」
「乃音が私に可愛いって言ってくれなかったから怒ったんだよ」
こんなことを言ってしまったら間違いなく怒られるのだろうが、そんなことで機嫌を悪くしていたのか?
いや、だって俺が聡乃に可愛いと言わなかったのは……。
「……え、だって毎日可愛いと思ってるからわざわざ言葉にする必要なんてないかと思って言ってないだけなんだが」
「--っ」
「ど、どうした?」
「……なんでもないっ。ほら、莉乃のとこ行くよー!」
「え、おいちょっと聡乃⁉︎」
聡乃は俺の言葉に対する返答を濁すように、俺の手を握って走りだした。
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