第22話 「いいよなぁ。ペンギンは」

 トイレに行くと嘘をついてペンギンゾーンへ逃げ込んできた私は十分程ペンギンを見つめ続け、この後どうするべきかを考えていた。


 流石に無言で逃げ出しておいて、おいそれと二人の元へと戻るわけにもいかない。

 何回も電話がかかってきているが、その電話全てを無視しているのでこちらから連絡を取ることもできない。


(はぁ……。いいよなぁ。ペンギンは)


 ペンギンが今の私みたいに複雑な感情になることは無いだろうし、そもそも言葉が通じないのだから問題が発生したとしてもエサの奪い合いくらいのものだろう。


 私もペンギンみたいに、何も考えずに気楽に生きていたいものである。


 今まさに陸から水中に飛び込んで優雅に泳いでいるペンギンの姿は、今の私とは正反対だった。


 ってごめんねペンギンさん。こんな言い方したらペンギンさんに失礼だよね。


 ……うん。帰るか。


 ここで帰宅してしまえばその後しばらくの間は乃音と月野と気まずくなってしまうとは思うが、体調不良で帰るしかなかったと言っておけば問題ないだろう。

 それこそ月野は私がトイレに行ったのを女の子の日だと思ってくれていそうだったので、その痛みが重くて到底我慢できる痛みではなかったと言えば理解してくれるはずだ。


 帰宅することを決心した私は立ち上がり、順路に沿って出口に向かって歩き始めようとした。


 しかし、ペンギンゾーンから順路に入るところで私は立ち止まってしまう。


 出口に繋がる順路は薄暗く、一人でいる寂しさが際立ってしまうかもしれない。


 乃音が私の私服は褒めず月野の私服だけ褒めようとしたことも、昔の約束を覚えていなかったことも、全て我慢して許していればこんなところで一人で帰るかどうかを悩むこともなかったのかな。

 今日という日を楽しい思い出で終わらせることができたのかな。


 ……いや、私の選択はきっと間違っていなかった。


 モヤモヤした感情たちに蓋をして我慢しながらの水族館なんて絶対に楽しめなかっただろう。

 それこそ機嫌が悪い私が乃音と莉乃と一緒に水族館を回ったら、私の機嫌が悪いことを察知して今以上に迷惑をかけていたかもしれない。

 やはりこのまま静かに帰宅するのが自分のためでもあり、二人のためでもある。


 このまま出口へと向かって歩いて行こうと一歩を踏み出した次の瞬間、私は強く手を握られた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。見つけたぞ」

「えっ、の、乃音……?」


 出口に向かう決心をして一歩を踏み出した私の手を強く握ったのは、イルカショーを見ていてここにいるはずのない乃音だった。

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