第21話 『また二人で来ようね!』

 トイレに行きたいと嘘をついてトイレに隠れた私は個室には入らず、そのまま外を確認して乃音と莉乃がいないことを確認してからトイレを出た。


 そしてイルカショーが行われる会場とは反対方向に向かって歩き続け、たどり着いたのはペンギンゾーン。


 ペンギンゾーンには段差があり、その段差に腰掛けてペンギンたちを見た。


 ……なんでだっけな。昔乃音たちと水族館に来た時も、一人でペンギンを見ていたような気がする。


 記憶は曖昧だけど、たくさんいたペンギンにやたらと温かみを感じた記憶があるのは一体なぜだっただろうか。


『ねぇすごいよ! イルカってあんなに高く飛ぶんだね!』


 子供の頃、私は自分の家族と乃音の家族で水族館に来た。


 太陽の光を反射してキラキラと輝く水槽に、その中を優雅に泳ぐ魚たち、そしてその水に囲まれた自分の体に映し出される水の影がユラユラと揺れる。


 そんな非日常な空間に、私が普段のおでかけよりも興奮していたのは事実。


 しかし、私が水族館を異常なほど楽しんでいた理由は水族館が大好きだからというだけではない。


 その日私が水族館を楽しいと感じていたのは、乃音がいたからだ。


 乃音とは家が隣同士で、家の前だったり近くの公園で遊んことは何度もあったけど、一緒にどこかへお出かけをしたことは無く、その日が初めてのお出かけだった。


 初めての乃音とのお出かけにテンションが上がっていた私が、水族館の中で一番楽しんでいたのはイルカショー。


 イルカが信じられないくらい高く飛び跳ねたり、飼育員さんのいうことをちゃんと聞いていたりと子供にとっては面白いに決まっているショーだ。


 私も目を輝かせてショーを見ていたけど、私の横にいる乃音も珍しく目を輝かせてイルカショーを見ていた。


 乃音は昔から積極的に人と関わるタイプではなく、私以外に仲の良い友達はいなかった。


 だから乃音が何かに目を輝かせて楽しんでいる姿なんて見たことがなかった。


 まあ大人になってからも探偵なんてものを始めてしまったので、自ら誰かと関わる回数わさらに減ってしまい未だに目を輝かせている乃音を見ることは中々無いんだけど。


 そんな乃音が、目を輝かせてイルカショーを楽しんでいるのが嬉しくて、私もイルカショーを見ているのが最高に楽しかった。


『また二人で来ようね! イルカショー!』


『……そうだね。また来たい』


 テンションが上がった私は勢いで乃音とまたイルカショーを観にくる約束をした。


 それも二人で。


 だから月野がイルカショーを見たいと言った時に、何の抵抗もなくその意見に賛同した乃音のことが許せなかった。


 まあ私の機嫌が悪いのは、乃音が気合を入れてきた私の服装について何も言わなかったことも理由の一つとしてあるし、私の私服には何も言わなかったくせに、莉乃の私服姿を見た瞬間可愛いと言いそうになっていたことも理由の一つではある。


 とはいえ、私がこうして逃げ出す決定打になったのはイルカショーだ。


 そりゃここまで来ておいてイルカショーを観に行かないなんてことはあるはずがないが、それでも乃音には多少逡巡する素振りを見せてほしかった。


 私の顔色を伺うくらいのことはしてほしかった。


 昔のことだから覚えてなくたってしょうがないし、乃音は悪くないのもわかってる。


 でも、私はずっと覚えていたんだから、乃音にも私との約束を覚えていてほしかった。


 せっかく莉乃が水族館に行こうって言ってくれてここまで来たのに、イルカショーを見る前に逃げ出して乃音と月野に迷惑かけて……。


 最低だ、私。

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