第16話 「んもぅぅぅぅぅぅぅぅぁぁぁあ!」

 乃音が莉乃から依頼されていた二人目の素性調査を完了したその日、私、相川聡野はこれまでにない程焦っていた。


「んもぅぅぅぅぅぅぅぅぁぁぁあ!」


 焦りすぎた私はその日の夜、自分の部屋のベッドでうつ伏せになり、足をバタバタさせながら枕に顔を疼くめて大声を出していた。


 乃音が莉乃に蒲生君の調査結果を伝えた時の、莉乃の反応を私は見逃さなかった。


 莉乃のあの反応、あれはもう完全に乃音に恋をしてしまっている。


 私たちは乃音による蒲生君の調査を物陰から覗き見していたので、調査結果を全て知っていた。


 なので探偵部屋で調査結果を言いづらそうにしている乃音に、何度も食い下がって無理矢理調査結果を言わせる必要はなかったのだ。


 それなのに乃音に無理矢理調査結果を言わせようとしたのは、莉乃の調査のためである。


 莉乃は中学時代に告白を失敗した経験がトラウマになってしまい、男の子を好きになれなくなっている。

 そんな莉乃には、私が探偵の立場でも蒲生君の調査結果を、調査したまま伝えるべきではないことくらいはすぐにわかる。


 そんなことをしてしまえば男の子に恐怖心を抱いてしまい、この先一生男の子のことを好きになれない可能性だってある。


 それを乃音がどのように伝えるのか、はたまた伝えないのか。


 それが今回莉乃が調査で調べようとしていた内容だ。


 だからこそ、莉乃は無理矢理乃音から蒲生君の調査結果を聞き出そうとしていたのだが……。


『月野みたいな、美人で可愛くて--』


 莉乃はこの言葉にやられてしまった。


 莉乃がどれだけ調査結果を訊いても、莉乃のために本当のことは言わず黙ろうとしてくれた乃音の優しさにまず心を掴まれ、そして最後の最後に『美人で可愛くて--』なんて言われてしまえば、好きにならなかったとしても意識してしまうのは無理もない話。


 莉乃が乃音の調査を始めると言い出した時は、『まさか莉乃みたいな美人で可愛い女の子が乃音のことを好きになるなんてあるわけないよな?』と思っていた。


 それがまさか、こんなことになるなんて……。


 今まで日の目を浴びることなく陰に隠れて探偵活動をしてきた乃音が、急に学校一の美少女である莉乃に好意を寄せられるだなんて話、恋愛漫画だけの展開にしてほしいものである。


「……もうここからは自分に言い訳をして乃音にアタックしない弱気な自分じゃダメだぞ私」


 莉乃は学校一の美少女で、そして乃音を争う恋愛バトルの相手として間違いなく学校一の強さを誇る。


 全力でぶつかってようやく勝機が見えてくるくらいの、勝てる確率はあまりにも低すぎるバトルになるだろう。


 しかし、私には幼馴染というアドバンテージがある。


 それを生かして、莉乃と真っ向勝負だ。


 私は莉乃の知らないところで、一人勝手に莉乃への対抗心を燃やしていた。

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