第10話 「全世界の女性の味方だ」

 やっちまった……。


 探偵は調査中にできるだけ目立った行動を起こしてはいけない。


 仮に俺が探偵だとバレてしまえば、今度は依頼主である月野にも危険が及ぶ可能性があるからだ。


 それなのに、俺は感情に任せて蒲生に喧嘩を売ってしまった。


 完全に探偵失格の行動である。


 ……まあ普通に考えて何かしら怪しい動きをしている人物がいたからとて、『こいつ探偵じゃないか?』なんて疑う人間はいないだろうし大丈夫だろうけど。


 てかこれまで自称探偵として活動してきてこんなことやらかしたの初めてだな。


 なぜ蒲生のセリフを聞いたからと言って、我慢ができず喧嘩を売ってしまったのだろうか。


 まあ告白に失敗したら相手の女の子を無理矢理ホテルに連れ込もうなんてクソな発言を聞いたら、流石に我慢しきれないか。


 さて、問題は俺が何者だと答えるべきか。


 急に自分達がストラックアウトをしている横のスペースの、ニット帽を深く被りメガネをかけたマスク姿の男に話しかけられたのだから、警戒されるのは避けられない。


 できるだけ警戒されないためには……。


「……俺は全世界の女性の味方だ」


 自分でもメチャクチャなことを言ってしまったとすぐに後悔した。


 ヤンキーのフリをして『テメェガン飛ばしやがったな!』とかなんとか言っておけば、俺のことをヤンキーだと思い込んでくれるだろうに、なぜ俺は全世界の女性の味方などとわけのわからないことを言ってしまったのか……。


 いや、まあその場合ヤンキー同士の殴り合いが始まって、俺がボコボコにされる未来しか見えないが。


「何言ってんだテメェ調子乗ってんのかぁおい!」


「俺の後輩バカにすんじゃあねぇぞおい!」


 蒲生に加えて、山際先輩まで参戦してきた。

 これは殴りかかられたらフルボッコは不可避である。


 とはいえ、簡単に頭に血を上らせてしまうヤンキーたちの特性をうまく活かせば、蒲生たちとの口論を優位に進められるかもしれない。


「ヤンキーってのはすぐ頭に血が上るな……。これだから嫌いなんだよ。ヤンキーは」


「うっせぇ奴だなぶん殴ってやろうか!」


 蒲生は完全に頭に血が上って今にも殴りかかってきそうな勢い。


 このまま殴り合いの展開にだけは絶対に持ち込んではいけないと、俺は必死に口を動かす。


「おいおいそうキレんなって。せっかくストラックアウトができる場所にいるんだ。ストラックアウトで勝負しようぜ」


「あぁ? なんでわざわざストラックアウトで勝負しなきゃなんねぇんだよ」


「もしかしてストラックアウトだと俺に負けるってビビってんのか?」


「あ゛? ビビってねぇよ。俺がテメェみたいなナヨナヨした奴にビビるわけないだろ」


 あまりにもあからさまな挑発だが、今の蒲生なら挑発に乗ってくれるはず。


「そこまで言うならストラックアウトでも問題ないだろ?」


「……ふん。テメェのペースに乗せられたみたいで気にくわねぇが、テメェみたいなもやし野郎に負けるわけねぇしな」


 よしっ。なんとかストラックアウトでの勝負に持ち込むことができた。


 探偵としてある程度の格闘術をかじっているとはいえ、流石に蒲生のような体格の良い奴に勝てるとは思えない。


「なら俺が後攻でもいいか?」


「九枚抜きで絶望させてやるよ」


 こうして俺と蒲生のストラックアウト勝負が始まった。

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